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【月刊パラスポーツ】車いす陸上・上与那原寛和

 「リハビリになれば」と始めたが技術の吸収も早く、長い腕、細身の体形も競技に向いていた。走れば走るほど記録は伸びた。競技用の車いすは地面に近く、風に乗ったときのスピード感が気持ち良い。地方の大会に出るのも新鮮な経験だった。競技にのめり込むなかで、一度は終わったと思った人生の新しい扉が開いていた。

 2007年、家族とも相談し、仕事を辞めて競技に専念することを決心。08年北京パラリンピックへの切符を勝ち取り、フルマラソン(車いすT52クラス)で銀メダルを獲得した。

 「うれしかったですね。パラリンピックは熱気、観客がすごくて特別な舞台でした。そこまでサポートしてくれた地元、家族への感謝の気持ちでいっぱいになりました」

 12年ロンドン大会から、マラソンでは自身のクラスが無くなったため、短・中距離のトラック競技で出場。しかし、ロンドン大会では400メートルで3位でゴールするも、内側のラインを踏んでいて失格。16年リオデジャネイロ大会の1500メートルでは、ゴール直前まで3位だったが、後続を振り返った隙をつかれ、4位に終わった。

 トラック競技のメダルを、自分のミスで2大会連続で逃した悔しさが残る。来年の東京大会では400メートルと1500メートルで出場を目指す。「三度目の正直」が東京で起きる。そう確信している。(写真報道局 松本健吾)

【プロフィル】上与那原寛和

 うえよなばる・ひろかず 1971年5月22日生まれ。48歳。沖縄県沖縄市出身。妻と長男、次男。好物は、沖縄そばと泡盛。カラオケではEXILEを歌う。座右の銘は「なせば成る」。SMBC日興証券(東京都千代田区)所属。

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