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小出さん死去 有森さん、やりとり詳報 「私の性格に合わせてくれた」

 --覚えている監督の言葉は

 「私は本当に故障が多かった。その時、『物事には“せっかく”というのがある。物事には意味がないものはない。どんなことが起きても“せっかく”って思え』って言われたことは、監督からの一番の言葉だったと思う。ちゃんと向き合って下さる方だったし、本当に感謝しかない」

 --女子マラソンの歴史を有森さんと監督で切り開いた

 「実績がなかったことは、私にとって最高の武器だったと思わせてくれた。(監督は)本当に頑張ったと思うので、まずはゆっくり休んで欲しい。2020年は東京五輪のマラソンを一緒に見たかったなと思っていたので、上から見ていて下さい、応援して下さいと伝えたい」

 --小出監督と最後にあったのは3月の名古屋ウイメンズ

 「みんなで写真を撮った。『監督、来たんですね。元気じゃないですか』って言って。朝ホテルでうろうろしている時、私と鈴木博美、高橋尚子、他の積水化学時代のOG、元市船(千葉・市立船橋高)の卒業生も含めて全員がばったり会えて。『監督、写真撮りましょうか』って。本当にいい写真が撮れた」

 --「何とかもう1回、五輪選手を育てたい」と言っていた

 「時々会って言われるのは『難しいな、最近の選手は。お前たちみたいなのはいないよ』と良く言われる。1人でも2人でも、東京(五輪)には送りたかったみたいで。途中から、だんだん自分が練習に見にいけなくなる回数も増えていたみたいで、すごく悔やんでいらっしゃった」

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