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日本パラ柔道に復活の金メダルを 全盲の永井崇匡さん、“野獣”松本薫さんとトークショー

 2016年のリオデジャネイロパラリンピックで金メダルゼロに終わり、東京大会で“お家芸”の再興を期する日本パラ柔道界。その期待を一身に背負うのが視覚障害者柔道、男子73キロ級の永井崇匡(たかまさ)選手(学習院大学)だ。永井選手は3月12日、東京都渋谷区の渋谷区役所で行われたフジテレビのパラスポーツ応援番組「PARA☆DO!」のトークショーに参加。ロンドンオリンピックの柔道女子57キロ級金メダリストで2月に引退を表明した松本薫さんから他の全盲選手の希望になってほしいと激励され「東京パラリンピックで金メダルを目指す」と決意を新たにした。

柔道の組み手について説明する松本薫さん(右)と永井崇匡選手
柔道の組み手について説明する松本薫さん(右)と永井崇匡選手
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組み手争いなし、ラスト数秒で逆転も

 視覚障害者柔道は、両選手が互いの袖と襟をつかんだ状態から試合が始まるのが晴眼者の柔道との大きな違いだ。

 相手を投げやすい有利な体勢になるようにつかみにいく組み手争いが起きない分、技の掛け合いが続くので、試合中は一瞬たりとも気が抜けない。ポイントでリードした方がペナルティーを受けない程度に組み手争いを避け、残り時間を消化して“逃げ切り勝ち”を狙うような作戦は通用しないというわけだ。

 永井選手が「残り時間6秒から逆転の一本勝ちを収めたこともあります。待てがかかっても2回は仕掛けられるので焦りはなかった」と話すと、観客席から驚きの声が上がった。

 目隠しをして視覚障害者と練習をした経験があるという松本さんは、このルールが日本人選手にとって不利に働いていると分析する。「日本人からするとこわい。外国の選手は独特の力の強さがあるので、組み手争いをしながらテクニックで相手の力を逃がす、それが組み手争いの“間合い”です。それがないと相手のパワーが直接伝わることになります。技術だけでなくパワーも求められるのでは」

 世界を制した“野獣”のコメントに、永井選手も「組んでから始める柔道しか経験がありませんが、やはり外国の選手と対戦すると、松本さんがおっしゃったように日本人とは違う独特の力を感じます」とうなずいた。

松本薫さん
松本薫さん
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不振の日本パラ柔道

 試合時間は晴眼者の柔道と同じ4分。延長戦で時間無制限のゴールデンスコア方式を採用する点も共通している。体格で勝り「骨格、手の長さが違う」(松本さん)外国人選手と技を掛け合えば、フィジカル面で有利に立つことが少ない日本選手はスタミナを大きく削られてしまう。

 そうした傾向はパラリンピックでの不振に表れている。柔道男子がパラリンピック正式競技になった1988年ソウル大会で日本は金メダル4個を獲得したが、欧州、中央アジア、中国や韓国などの台頭で右肩下がりが続き、ついに2008年の北京大会で金メダルがゼロになった。

 続くロンドン大会では男子100キロ超級の正木健人選手(エイベックス・グループ・ホールディングス)が優勝を果たしたが、前回のリオ大会で再びゼロ。2020年東京大会では一人でも多くの日本選手に頂点に立ってもらい“柔道発祥の国”の威信を示したいというのが日本パラ柔道界の願いだろう。

 1996年アトランタ大会から3連覇を達成して日本パラ柔道を牽引してきた男子66キロ級のレジェンド、藤本聰選手(徳島視覚支援学校)も43歳で、現役選手では大ベテランの域。いまこそ若い世代の奮起が求められているのだ。

 そこで24歳の永井選手に注目が集まっている。昨年10月にインドネシア・ジャカルタで行われたアジアパラ競技大会で銅メダルを獲得。3月10日に東京都文京区の講道館で開かれた東京国際視覚障害者柔道選手権大会決勝では、得意の寝技でフランスの選手から一本を奪って優勝し、日本代表争いに弾みをつけた。今後は5月にアゼルバイジャンの首都バクーで行なわれる柔道グランプリを皮切りに国際大会でポイントを積み上げ、悲願の初代表を狙うという。リオ大会の73キロ級で代表だった北薗新光選手(アルケア)が81キロ級に階級を上げたこともあり、永井選手が最有力と言えるだろう。

(左から)MCの松山三四六さん、永井崇匡選手、松本薫さん
(左から)MCの松山三四六さん、永井崇匡選手、松本薫さん
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「全盲でも勝てる」を当たり前に

 永井選手にはもう一つ、不利な点がある。全盲であるということだ。

 視覚障害者柔道はIBSA(国際視覚障害者スポーツ連盟)の規定で、B1(視力0.0025より悪い)からB3(視力は0.04から0.1までか視野直径40度以内)までの3つの障害クラスに選手を分けているが、競技人口などを鑑みて3つの障害クラスの選手が一緒に試合を行うようにしている。

 全盲の永井選手は最も障害が重いB1。リオ大会の柔道男子では7階級の決勝戦のうち半分以上がB2とB3の選手による対戦で、B1の選手が優勝争いに加わる厳しさがうかがえる。全盲の牛窪多喜男さんがソウル大会(男子78キロ級)とアトランタ大会(同71キロ級)で金メダルを手にした例があるものの、今は当時と比べて技術レベルが格段に向上している。

 技術面では特に、晴眼者の柔道でも韓国選手が多用する変則的な背負い投げ、通称「韓国背負い」への対策が弱点になる。韓国背負いは両手で相手の片側の襟をつかみ、身体を回転させながら、通常の背負い投げとは反対の方向に投げる技。袖をつかむ手を離し、逆側の襟を取ろうとする動きが特徴だが、永井選手は「僕みたいに(襟を取る動きが)まったく見えていないと狙ってかけてくる」と“奇襲”に警戒感をあらわにする。

 韓国背負いは受け身が取りにくく、後頭部から畳に落ちる危険なケースがあるため、国内の中学生以下の大会では禁止されている。松本さんも技を防ぎ、身の安全を守る対処の困難さについて「私達が韓国背負いをかけられたときは手を離さなきゃいけない。でもパラは手を離す柔道ではないので、とても難しい」と話した。

 そこで永井選手は、相手の立ち技をしのいで得意の寝技で仕留める戦い方に磨きをかけたいという。「脚も密着するので立ち技よりも、身体全体で相手の動きが分かる」とハンディキャップを乗り越えて、貪欲に勝利を目指す。さらに、立ち技でも巴投げの完成度を高め、防がれたら別の技に移行して相手を追い詰める攻め方を研究したいと目標を掲げた。

 東京パラリンピックで最大のライバルになるのは、リオ大会の銅メダリスト、ニコライ・コルンハス選手(ドイツ)だという。苦手意識があり、「勝てそうなのに、まだ一度も勝ったことがない」。永井選手は4月に新潟県で実施されるドイツとの合同合宿に参加する予定だが、そこでコルンハス選手に全力でぶつかって今の力を試すか、手の内を隠したままにするか、まだ決めかねているようだった。約500日後に迫った大舞台に向けた戦いはもう始まっているのかもしれない。

 トークショーの最後に、松本さんは自身が金メダルを取った女子柔道の57キロ級は日本人が勝てない階級だと言われてきた事に触れ「(結果を出して)道を1本作ってしまえば、誰でも勝てる、誰でもできるという風に周りの意識が変わる。永井選手の後に続く、全盲の選手たちが勝てるようになるためにも、道を作ってください」とエールを送った。通説を覆してきた松本さんの言葉に刺激され、結果永井選手は「残された期間は短いが、東京パラリンピックで必ず優勝できるように頑張っていきたい」と誓った。

もうひとつの夢

 永井選手は今春に大学を卒業する予定。当面は東京パラリンピックまで柔道に専念するが、その後は数学教師になりたいと話す。それは金メダルと同じくらい真剣に目指している夢だ。

永井崇匡選手
永井崇匡選手
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 「教師を目指すきっかけは、中学生のときに出会った全盲の数学の先生。一人で海外に行った話や、一人暮らしをした話など様々な話を聞かせてくれたおかげで世界が広がりました。自分もこんな先生になって、次の世代に繋げていきたい」

 その恩師はもう定年を迎えているが、今でも連絡を取り合っているという。永井選手は、世界で戦うアスリートから生徒の顔に戻って「卒業が決まったら先生に報告したいですね」とはにかんでいた。

 これから世界に挑む全盲の柔道選手たち、そしていつか受け持つ生徒たち。後進のために道を作る戦いは、柔道の畳の外でも永井選手を待っている。

(フジテレビ)

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