PR

スポーツ スポーツ

覆面レスラー「ザ・デストロイヤー」さん死去

Messenger
WWA世界選手権で力道山と対戦したザ・デストロイヤーさん=昭和38(1963)年5月24日、東京体育館
WWA世界選手権で力道山と対戦したザ・デストロイヤーさん=昭和38(1963)年5月24日、東京体育館

 【ニューヨーク=上塚真由】覆面レスラー「ザ・デストロイヤー」として日米で活躍したリチャード・ベイヤーさんが7日、米ニューヨーク州の自宅で死去した。88歳だった。ベイヤーさんの長男がソーシャルメディアを通じて公表した。

 ベイヤーさんは1930年、米東部ニューヨーク州バファロー生まれ。シラキュース大大学院(教育学)を修了し、54年にプロレスデビュー。後に覆面レスラー「ザ・デストロイヤー」となり、覆面レスラー初の世界王者となった。

2018年2月3日、米バファローでの外国人叙勲伝達式であいさつをする覆面姿のザ・デストロイヤーさん(黒瀬悦成撮影)
2018年2月3日、米バファローでの外国人叙勲伝達式であいさつをする覆面姿のザ・デストロイヤーさん(黒瀬悦成撮影)

 63年に初来日し、力道山との対戦で必殺技の「4の字固め」を披露し、空前のプロレスブームを起こした。その後、日本プロレスと全日本プロレスで活躍。日本ではバラエティー番組にも出演し、テレビタレントとしても人気を集めた。

 93年に武道館で引退試合を行った。日本で引退後は地元の同州アクロンで学校の体育教師や水泳、レスリングのコーチを務める一方、日米のスポーツ交流を推進。平成29(2017)年秋の外国人叙勲で旭日双光章を受章した。

2018年2月3日、米バファローでの外国人叙勲伝達式でポーズをとるザ・デストロイヤーさん(黒瀬悦成撮影)
2018年2月3日、米バファローでの外国人叙勲伝達式でポーズをとるザ・デストロイヤーさん(黒瀬悦成撮影)

 ベイヤーさんは1970年代に家族とともに日本で生活。旭日双光章を受章した際の産経新聞のインタビューで日本への深い感謝の言葉を口にした。太平洋戦争当時は日本を敵視していたが、63年の初来日以降は「日本と恋に落ちた」とし、「日本人にはいつでも本当に良くしてもらった。日本で多くの経験ができて非常に幸せだった」と語った。

平成29年、旭日双光章の受章が決まった元プロレスラー、ザ・デストロイヤー(本名:リチャード・ジョン・ベイヤー)さん=2017年10月29日、米ニューヨーク州アクロンの自宅(上塚真由撮影)
平成29年、旭日双光章の受章が決まった元プロレスラー、ザ・デストロイヤー(本名:リチャード・ジョン・ベイヤー)さん=2017年10月29日、米ニューヨーク州アクロンの自宅(上塚真由撮影)

 同州アクロンの自宅には和室を模した部屋を作り、日本人形や絵画など思い出の品を飾っていた。

 覆面レスラーとしての誇りを持ち、インタビュー中も「日本人の前ではマスクは外さない」と素顔での写真撮影を断った。長男のカートさんによると、ベイヤーさんは7日正午すぎに家族に囲まれて自宅のベッドで息を引き取ったという。

 ■【話の肖像画】 元プロレスラー ザ・デストロイヤー(1)素顔時代にハワイで会得した4の字固め

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ