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【東京マラソン特集】男子最後の五輪マラソンメダリスト、森下広一氏「勝つために毒を持て」

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五輪の男女マラソン優勝者と日本人最上位者
五輪の男女マラソン優勝者と日本人最上位者

 男子マラソンで日本勢が五輪の表彰台から遠のいて27年になる。最後のメダリストは1992年バルセロナ五輪銀メダルの森下広一。日本にとっては68年メキシコ五輪銀メダルの君原健二以来、24年ぶりの快挙だった。2020年東京五輪まで約1年半と迫る中、昨年10月に大迫傑(ナイキ)が日本記録を塗り替えるなど、男子は上げ潮ムードだ。東京マラソンを前に、トヨタ自動車九州監督となった森下氏に「五輪への準備」などについて聞いた。(宝田将志)

 --バルセロナ五輪の前年の状況は

 「91年世界選手権で(旭化成の先輩)谷口浩美さんが金メダルを取って私の目標設定が変わった。バルセロナは『マラソンで出る』とだけ考えていたものが『メダルを取れるのでは』という感覚になった。谷口さんに練習で勝っていた部分があったから」

 --従来は冬に代表選考レースがあったが、東京五輪の代表選考レース「マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)」は9月15日の開催

 「僕が失敗したのは、夏の五輪に冬の練習をして臨んだこと。練習でタイムを追ったりしていた。その結果、本番の2週間くらい前にできあがって(ピークが)早すぎた。夏、夏と経験できるのはいいのではないか」

 「チームでもよく言っているけれど『日の丸を付けるんだったら結果に覚悟を持て』と。日の丸を付けたプレッシャーの中で、それに応えないといけない。君原さんも円谷(幸吉、64年東京五輪銅メダル)さんもプレッシャーの中でやってきた。バルセロナは周りが外国人ばかりで声をかけられなかったけど、東京は逃げ場がない」

 --普段から笑わなかったとか

 「“怖さ”を演出をしていたというか。『森下は何を考えているか分からない』という空気を醸し出した。今はSNSがあって、選手が『ケーキがおいしかった』とか、そんな話ばかり出している。『こいつ普通の奴だな』って。当時は勝つことだけしか考えていなくて、勝つために笑わなかったり、怖さを出すために情報を流さなかったり。取材されても寄せ付けなかったし、孤独でしたよ。ピリッピリしてて」

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