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ボッチャ “火の玉ジャパン”が韓国に連勝でV 東京パラに向け好発進

 パラスポーツ、ボッチャの「天皇陛下御在位三十年記念 2019ジャパンパラボッチャ競技大会」が1月19日と20日、東京都新宿区の新宿コズミックセンターで開かれ、3人制チーム戦で日本代表「火の玉ジャパン」が韓国代表に連勝し優勝を飾った。2016年リオデジャネイロ・パラリンピックのボッチャ団体銀メダリストである杉村英孝選手(BC2、伊豆介護センター)と廣瀬隆喜選手(BC2、西尾レントオール)の両エースが牽引しアジアの強豪を寄せ付けなかった。高度なテクニックの応酬となった日本人対決や16歳ペアの代表初試合にも、のべ1341人の観客の声援が送られた。

BC1-2で優勝した「火の玉ジャパン」の中村拓海選手、杉村英孝選手、廣瀬隆喜選手、藤井友里子選手(左から)=20日、東京都新宿区
BC1-2で優勝した「火の玉ジャパン」の中村拓海選手、杉村英孝選手、廣瀬隆喜選手、藤井友里子選手(左から)=20日、東京都新宿区
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まるで「地上のカーリング」

 ボッチャは赤と青のボールを6球ずつ投げ、どちらのボールが白いジャックボール(目標球)に近いかを競い4エンド(チーム戦は6エンド)の合計点で勝敗を決める。「地上のカーリング」と呼ばれるように、相手より目標に近いボールの数だけ得点になるルールなどの共通点があるが、コートに固定されていないジャックボールを投球で戦略的に動かせるなどの違いもある。

 クラスは障害の程度によって4つに分かれる。BC1~3は脳性まひなどの脳原性疾患のクラスで、上肢を使って車椅子をある程度動かせるBC2、アシスタントのサポートを受けての競技が認められているBC1、投げる動作ができないかわりに滑り台のような器具・ランプを用いて球を転がすBC3の順に障害が重くなる。BC4は筋ジストロフィーなどの非脳原性疾患のクラスで障害の重さはBC1、BC2と同等。

 2020年東京パラリンピックでは男女の区別がない男女混合の7種目が実施される。BC1~4の各クラスの個人戦、団体戦ではBC1とBC2の選手が参加する3対3のチーム戦、BC3のペア戦、同じくBC4のペア戦が行われ、日本代表の村上光輝ヘッドコーチは「東京パラでは7種目すべてでメダルを獲る」と目標を掲げている。

チームワークで韓国に快勝

杉村英孝選手=20日
杉村英孝選手=20日
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 BC1-2のチーム戦は2日続けて行われ、8-1(19日)、8-3(20日)で日本チームが日韓戦を制した。

 点差は大きく開いたが、18日の公開練習で杉村選手が「韓国は日韓戦だと強い気持ちでぶつかってくるので気迫で負けないようにしたい」と警戒していたように、韓国はジャックボールの位置が選手から遠くても近くても積極的に攻撃を仕掛けて日本を脅かした。

 カウ・ミンギュ選手とキム・ハンソル選手(ともにBC2)が左右から角度のついたショットで試合を組み立て、サー・ヤンジュン選手(BC1)が抜群の安定感でジャックボールに自球を寄せる。サー選手と交代で出場したユー・ウォンジョン選手(BC1)を含めた韓国チームは19日の第1エンドに先制したり、20日の第4、第5エンドに粘り強く点差を詰めたりと底力をのぞかせた。

多くの観客が日韓戦に声援を送った=20日
多くの観客が日韓戦に声援を送った=20日
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 それでも日本が猛攻を封じ、大差で勝利したのはチームプレーの完成度によるところが大きかった。ボッチャでは選手ごとに割り当てられたスローイングボックス内から投げるため、ジャックボールと選手の間に相手のボールがあると“コースを潰された”状況になる。そうしたときに廣瀬選手が持ち味のパワーを生かした投球で相手のボールを弾き飛ばして杉村選手が狙えるようにコースを確保する、または味方が置いたボールを廣瀬選手が押し込んで大量得点を狙うといった、3人で6球を駆使して得点に結びつけるチームプレーが見られた。個人技の高いカウ、キム両選手のミスをきっかけに苦境に陥りがちだった韓国代表とは対照的だった。

ボールを投げる廣瀬隆喜選手。奥は韓国チームのキム・ハンソル選手=19日
ボールを投げる廣瀬隆喜選手。奥は韓国チームのキム・ハンソル選手=19日
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 日本の二枚看板、杉村選手と廣瀬選手の活躍は計画通り。村上ヘッドコーチはBC1の藤井友里子選手(富山ボッチャクラブ)と中村拓海選手(大阪発達総合療育センター南大阪小児リハビリテーション病院)の選手交代が上手くいったのを今大会の収穫に挙げた。

 国際大会では1日に3試合も行われ、選手の体力消耗を避けられないことがある。またスローイングボックスから離れたところにジャックボールが配置される「ロング」の試合展開になれば消耗はさらに激しくなる。杉村選手と廣瀬選手を稼働させつつ、障害の重いクラスの選手の体力を温存させて全体のパフォーマンスを安定させるために、村上ヘッドコーチは選手交代策に踏み切ったのだ。

 1日目は藤井選手が先発し、中盤で中村選手に交代した。2日目はその逆だった。2人とも途中出場してすぐは苦戦していたが、次第に調子を取り戻し勝利に貢献。村上ヘッドコーチは「(ウォーミングアップなしで)いきなり出場するのは大変なので、私がベンチに入るときは選手の途中交代はしなかった。(今大会は)東京パラリンピックまでに色々なことを試す初めてのゲームだった」と振り返り、チーム4人で勝ち進みたいと語った。杉村選手はキャプテンの立場から「日本はどこの国にも負けないチームワークがある。国際大会をどれだけ経験できるかわからないが、課題を一つ一つクリアしながら2020年を迎えたい」と約1年半後に迫った東京パラリンピックを見据えていた。

世界の壁を実感

 BC4ペアでは、17歳ながら国際大会を多く経験している江崎駿選手(愛知県立小牧特別支援学校)、ともに16歳で初めて代表に選出された内田峻介選手(山口県立山口南総合支援学校)と宮原陸人選手(東京都立府中けやきの森学園)がカナダチームと対決した。

 19日は江崎選手と宮原選手がリオデジャネイロパラリンピック・カナダ代表のアリソン・リヴィンヌ選手らに挑み、最終第4エンドで両チームのボールがジャックボールから同距離となって1点をもぎ取る見せ場を作ったが1-9で大敗。20日は体調不良で江崎選手を欠き、急きょ内田選手と宮原選手の“16歳ペア”が結成されたが1-8と再び大差をつけられた。世界の高い壁に跳ね返された若武者達だが得たものは大きかったようだ。

果敢に挑戦した宮原陸人選手(左)と内田峻介選手=20日
果敢に挑戦した宮原陸人選手(左)と内田峻介選手=20日
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 「カナダは戦術も、決めるところで決めてくるところもすごかった」。20日の試合後、内田選手は悔しさをあらわにした。内田選手は第1エンド、先制につながるスーパーショットを放ったが取れたのは1点のみ。このエンドを取れないと判断して、2点以上与えない守りのプレーに切り替えたカナダに最小失点で切り抜けられてしまった。経験値で上回る相手を仕留めきれずに試合の流れを逃した格好だ。

 宮原選手は「2人で作戦を立てながらプレーできたのは良かった。自分たちもカナダのようになれたら」と振り返り、「英語を話せるようになって多くの海外選手と交流したい」と前を向いた。アリソン選手に「若いのにコートの中で落ち着いていた。慌てずにプレーする姿には私達も学ぶところがあった」と言わしめた若き火の玉ジャパン。伸びしろの大きさは無限大だ。

ハイレベルな戦いに歓声

BC3個人決勝では高橋和樹選手(手前)と河本圭亮選手(奥)が激突=20日
BC3個人決勝では高橋和樹選手(手前)と河本圭亮選手(奥)が激突=20日
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 BC3個人戦には日本人3人が出場し、高橋和樹選手(フォーバル)が19日の準決勝で有田正行選手(電通アイソバー)を5-1で、20日の決勝で河本圭亮選手(あいちボッチャ協会)を6-0で破り優勝した。

 決勝戦で、高橋選手がジャックボールの周囲に密集したボールの上に乗せる「3Dショット」を決めると、河本選手も「3Dショット」をやり返す。高等テクニックの応酬に観客が沸いた。

どのボールがジャックボールに近いか、審判は「3Dショット」の後にライトを使ってジャッジした=20日
どのボールがジャックボールに近いか、審判は「3Dショット」の後にライトを使ってジャッジした=20日
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 高橋選手は狙う角度にランプを調整して、障害で腹筋や背筋が使えなくても投球できるようにコートに対して横や後ろを向く姿勢でボールを放つ技術で勝利を手にし、「BC2には杉村選手と廣瀬選手がいる。BC3では私と河本選手が絶対的エースだと呼ばれるように力をつけていきたい」とさらなる進化を誓った。

(フジテレビ)

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