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「理想の綱」体現 記憶は永遠 舞の海秀平

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白鵬(左)が脅威に感じた稀勢の里。2017年10月、「大相撲beyond2020場所」で三段構えを披露する2人=両国国技館
白鵬(左)が脅威に感じた稀勢の里。2017年10月、「大相撲beyond2020場所」で三段構えを披露する2人=両国国技館

 これでやっと、一身に背負ってきた重圧から解放される。支えてきた両親も同じ気持ちだろう。

 稀勢の里の最後の取組となった3日目の栃煌山戦を両国国技館の正面解説席から見つめた。戦う気力も体力も残っていなかったようにみえた。初日、2日目に敗れたショックで平常心を失ったせいだろうか。土俵を割った直後、踏ん切りをつけたかのように小さくうなずいた。「これでついに終わったか」とかみしめているようだった。

 平成29年初場所で初優勝し、横綱に昇進したばかりの稀勢の里のもとに、白鵬が出稽古に訪れたことがあった。こいつを倒さないと優勝はない、と脅威を感じていたのだろう。横綱のプライドをかけた本場所さながらの気迫のこもった稽古だった。2人の時代の幕が開けたと私の心は高ぶった。

 翌春場所13日目の日馬富士戦。土俵下に転げ落ち、左肩から胸部を痛めた。感情を表に出さない稀勢の里が、あそこまで顔をゆがめたのは見たことがない。翌場所から8場所連続休場。横綱に昇進する前のけがであれば、引退に追い込まれることはなかった。

 けがの影響で生命線の「左」が衰えても、右から攻める技術があれば、状況は変わっていたかもしれない。今場所は足腰の衰えも顕著だった。足腰はさまざまなタイプの力士と稽古し、特に馬力のある力士を受け止めることで強化される。左腕に力が入らないことで番数をこなせなくなったことが響いたのだろう。

 15歳で角界の門を叩いた稀勢の里。番付を駆け上がっていったのはモンゴル勢隆盛の時代だった。日本人横綱の誕生を望む声は日に日に高まっていた。横綱が不祥事を起こし、引退する騒動もあった。ファンは昔の横綱はこうではなかったと嘆き、理想の横綱となってくれるのは稀勢の里しかいないとすがった。

 何度も綱取りに挑戦しながらはね返された。それでも心折れることなく稽古を重ねて初優勝を遂げ、最高位に上り詰めた。取り口が不器用で、見ているものをハラハラさせるところもファンを惹きつけた。

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