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【虎番疾風録第2章】(5)嵐の前の「幸せ」いっぱい

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婚約を発表した阪神の掛布(左)と住谷安紀子さん
婚約を発表した阪神の掛布(左)と住谷安紀子さん

 騒動勃発前日の「11月20日」といえば、阪神にとってもうひとつ大きな出来事があった。午後3時、大阪・梅田のホテル阪神で、掛布雅之(当時23歳)と住谷安紀子さん(金蘭短大1年生、当時19歳)の婚約発表が行われたのである。100人を超える報道陣の前に着物姿で出てきた安紀子さんに、思わずうっとり。

 

 --どこでデートしていたの?

 「よく万博公園の日本庭園で…。お弁当を持って」

 --安紀子さんの手作り?

 「はい、わたしがおにぎりを作って持っていきました。掛布さんはタラコが大好きなので、タラコ入りを6つ。大きいのを5つ食べてくれました」

 2人の出会いは昭和50年、まだ安紀子さんが大阪府池田市にある女学校、宣真学園高の1年生だった頃だ。“愛のキューピッド”になったのは、阪急から阪神に移籍してきた大投手の米田哲也。

 ある日の試合後、「カケちょっとついてこい」と米田から声をかけられた掛布は、ユニホーム姿のまま上にジャンパーを羽織った格好で、同府豊中市のあるレストランへ連れて行かれた。そこで住谷家の人たちに紹介された。その頃の安紀子さんは“夢みる少女”。歌手に憧れ、大阪・東天満にある「国際アカデミー音楽学院」にも通っていた。

 余談だが、当時、サンケイスポーツで学生アルバイトをしていた筆者は、編集局で「住谷安紀子」の名前を聞いたとき、思わず「あぁ、あの子か」と口を滑らせてしまった。とたん、記者たちから「お前、知っとったんか?」と突き上げられた。知るも何も、池田市在住の筆者にとって3つ年下の安紀子さんは、ちょっとした“有名人”だったのだ。

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