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シッティングバレー、東京へ攻める パラ日本代表エース・小方心緒吏 2児の母奮闘「メダル取りたい」

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スパイクを放つ小方心緒吏=9日、東京都武蔵野市(桐原正道撮影)
スパイクを放つ小方心緒吏=9日、東京都武蔵野市(桐原正道撮影)

 おしりを床につけたままコートを動き回る「シッティングバレーボール」。2020年東京パラリンピックで初の表彰台を狙う日本代表のエースが、小方心緒吏(しおり)(33)=東京都北区職員=だ。力感あふれるスパイクは日本の大きな得点源で、「胸を張れるプレーをして、笑顔でメダルを取りたい」と、2児の母は家庭、仕事、競技に奮闘しながら、大舞台を目指している。(浜田慎太郎)

                   

 もともと「春高バレー」に憧れていたバレーボール少女だった。小学4年から競技を始め、強豪の文京学院大女中(東京)に入学した。文京学院大女は中高一貫校で、高校は春高バレーの常連校だ。

 中学3年のときに夢は突然、断たれた。右膝に痛みを感じ、病院の検査で骨肉腫が見つかった。「目の前が真っ暗、頭は真っ白になった」。人工関節手術を受け、走ったり、ジャンプしたりすることができなくなった。バレーボールは諦めざるを得なかった。

 約1年間の入院生活を経て、高校1年の時に学校に復帰。「学校生活に慣れて心に余裕ができると、バレーボールができないことが苦しくなった」

思い再び…復帰

 そんなときに出合ったのがシッティングバレーボール。母親の勧めで練習に参加してみると、動くだけでも難しく、思うようなプレーは全くできなかった。「生来の負けず嫌い。できないのが悔しくて、できるまでやろうと思った」。もともとバレーボールには自信があり、練習を重ねてコツをつかむと、めきめき成長していった。

 17歳のときに、早くも日本代表入りし、世界選手権に出場。パラリンピックには2008年北京大会に初出場を果たし、続く12年ロンドン大会にも出場し、第一線でチームを引っ張った。

 一方、私生活ではロンドン大会の前年に結婚。出産、育児のため、ロンドン大会後に一度、本格的な競技からは離れた。しかし、「東京(パラリンピック)に出たい」という思いが大きく膨らみ、16年に復帰。現在は5歳の長女、3歳の長男の子育てに励みつつ、北区役所に勤務しながら月2回、土日に行われる代表合宿に参加している。夫ら家族の支えがあるとはいえ、まさに多忙な日々だ。

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