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【オリンピズム 道 東京へ】我慢強いレスリング女王 土性沙羅(2)怒号の中、武器のタックル磨く

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幼少期の土性(左)。憧れの吉田沙保里と(家族提供)
幼少期の土性(左)。憧れの吉田沙保里と(家族提供)

 三重県津市の「一志ジュニアレスリング教室」。レスリング五輪3連覇の吉田沙保里の父、栄勝さんのもとで土性沙羅(東新住建)がレスリングを始めたのは小学2年の時だった。母の祐子さんは「小学校に入って、何か習い事でも、と探すことになった」と振り返る。国体3位の父の則之さんが県立松阪工高時代、顧問の栄勝さんの指導を受けていた縁も影響した。

 レスリング女子が五輪種目でなかった時代。道場にいたのは、弟の蓮さんらの4人だけ。稽古は厳しく、「レスリングするか」と優しく声をかけてくれたはずが、入門後は猛練習の日々が始まった。

 「こんなはずでは…」と土性は控えめに打ち明ける。選手、家族、指導者の三位一体が道場のこだわり。午後6時半からの稽古は10時を過ぎることもあった。学校から帰ると、祐子さんが車で連れて行く。途中で仕事を終えた則之さんと交代する日々だった。

 先に頭角を現したのは弟だ。一緒に習って、4カ月で全国優勝した。「要領が悪く気持ちも弱かった」と認める土性は成長に時間がかかった。

 当初「やめたい」と両親に泣きついた。「自分でやめると言えたらやめてもいいよ。先生に直接言いなさい」。土性は「私は技もうまくできなかったし、吉田先生から一番怒られたと思う。だから、『やめます』と言いに行くことすら怒られると思うと怖くて、できなかった」と語る。

 かつての道場では、長く薄暗い廊下を曲がった先に栄勝さんが控える吉田家のリビングがあった。稽古前のあいさつで顔を合わせることも嫌で、弟に廊下を先に歩かせ、後ろからあいさつしていた。

 栄勝さんにたたきこまれたのがタックルだ。攻めを貫く指導は栄勝さん自身に苦い敗戦があったからだ。モントリオール五輪代表を争った際、カウンター戦法が通じず敗れ、タックル中心の攻撃の重要性を痛感した。タックルへのこだわりはすさまじく、「2時間半くらいの練習のうち、2時間近くがタックルの練習」。踏み出す足が一センチでも足りなければ怒号が飛んだ。

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