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元サッカー日本代表の前園さんを驚かせたブラインドサッカー名選手 かわパラ2018 Powered by PARA☆DO!

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 身体障害者などが生活する上で直面する社会課題を取り除く活動「かわさきパラムーブメント」を推進する川崎市は8月25日、JR川崎駅に隣接する商業施設「ラゾーナ川崎プラザ」で、「かわパラ2018 Powered by PARA☆DO!」を開催した。ステージイベントでは元サッカー日本代表の前園真聖さんが、5人制サッカー(ブラインドサッカー)の落合啓士選手、元競泳選手の星奈津美さんとともに、障害や病気などの困難と戦うアスリートの強さについて語り合った。会場にはパラスポーツの体験コーナーが用意され、多くの家族連れが実際にプレーを体験した。

ローラー付きの円盤を用いる「カローリング」を体験する親子=8月25日、川崎市のラゾーナ川崎
ローラー付きの円盤を用いる「カローリング」を体験する親子=8月25日、川崎市のラゾーナ川崎

音でピッチの中をイメージ

 5人制サッカーはフットサルとほぼ同じ広さのピッチで、いくつもの小さな金属球が入っているボールの音や敵陣のゴール裏から指示を出すガイド(コーラー)の声などを頼りにプレーするサッカーだ。試合時間は前後半20分ずつ。フィールドプレイヤーの4人はアイマスクを着けた視覚障害者で、ゴールキーパーは弱視や視力に障害がない人が務めることから、障害者と健常者が協力して戦う魅力にも注目が集まっている。日本はこれまでパラリンピック出場を逃しており、2020年の自国開催でついに檜舞台に立つ。

 その5人制サッカーの日本代表チームでキャプテンとしてチームを率いた経験を持つのが神奈川県出身の落合選手だ。

落合選手(左)と前園さん(右)
落合選手(左)と前園さん(右)

「小学生の頃はまだ見えていたので11人のサッカーをしていました。Jリーグがなかった時代で、憧れは『キャプテン翼』。サッカー選手になりたいと思っていました」

 ボールを前に蹴り出してダッシュ力でディフェンスのマークを外すウイングだったと話すと、すかさず前園さんが「“野人岡野(雅行)”タイプですね」と元日本代表の俊足ストライカーになぞらえた。

 小学4年生のときに徐々に視力が落ちていく難病、網膜色素変性症と診断され、中学生になると高く上がったボールも見えなくなりサッカーを続けられなくなった。「小学生の高学年では、見えるものを経験として自分の中に残しておきたいという気持ちがあり『ドラクエ』など、テレビゲームにのめり込んだ時期もありました」(落合選手)。進学後も症状が進行し、黒板も見えないほどになり高校を中退。一度は就職したが視力のさらなる悪化から仕事を辞め、盲学校に編入し、職を求めた。

 試練の時代に出会ったのがフロアバレーボールやゴールボールなどのパラスポーツだったという。持ち前の運動神経を発揮し、ゴールボールで日本代表入りを果たした2003年、ついに5人制サッカーを始める。だが意外にも最初は「片手間」だった。

「『人数が足りないから』と知り合いに誘われて大会に出たのですが、その大会では思うようなプレーはできませんでした。でも当時の日本代表の監督の目に留まって、ほとんど練習していなかったのに、代表選考会に呼ばれたのです。代表に選んでもらってからは色んな人の思いを背負っているのだと実感し、練習しないと日の丸を背負う資格はないと自覚して、大阪に引っ越して4年間“修行”しました」

 90年代までの日本では、視覚障害者のサッカーは盲学校などが独自に作ったルールで行われていたが、2001年に国際視覚障害者スポーツ協会のルールに基づくブラインドサッカーが上陸し、大阪から全国に広まったという経緯がある。そのため、落合選手が引っ越した当時は関西のチームの方がレベルが高かった。新しい環境での生活は技術だけでなく、我の強い選手たちをまとめるコミュニケーション能力を身に着けるのにも役立った。途切れたかに見えた「キャプテン翼」への道は形を変えてつながっていたのかもしれない。

 トークショーのステージで実演に臨んだ落合選手は、前園さんが出すパスをインサイド(足の内側)でぴたりと止める見事なトラップを披露。ボールの音からパスのコースを予想して、左右に移動してボールを受けるのだと説明した。

 前園さんもアイマスクを着けてチャレンジし、身体の右側に転がって来たボールを上手く受けてみせたが、落合選手が放った「本番用のパス」のスピードには反応できず「ボールが通り過ぎてから音がした」とお手上げ。いかにブラインドサッカーの選手たちが神経を集中してプレーしているかを痛感したようだった。

 トップ選手達はパスワークだけで戦っているわけではない。落合選手はピッチを頭の中で映像化する力と、危険な接触プレーを避けるためにボールに向かうプレイヤーがかける「ボイ!(スペイン語で行くという意味)」という声が鍵だと話す。

「動かないものは、ずっと頭の中にあるんです。例えばゴール、サイドフェンス(ピッチの両サイドライン上に立つ高さ約1メートルのフェンス)、ライン。これらを頭の中で作っておいて、自分がどこにいるのかをイメージします。そして相手が声を出したらそこに人間型のピンがポンと出て、声がなくなればそのピンが消えるという感じです。見えない状態で次に起こるプレーを予測できるかどうかが、代表レベルになれるかなれないかの分かれ道になるでしょう」

 試合中は見えている感覚なので、「ピッチを出ると『ああ、自分は見えなかったんだ』という感じになる」という。それだけに選手には体力とテクニックだけでなく、イメージを働かせる経験も重要だ。落合選手は40代のベテランだが、その経験と読みがチームを支える力になっていくだろう。

 落合選手は競技の魅力について「サッカーを知らなくても大きな声を出せるならガイドとして輝ける。観戦では、プレー中は(選手がガイドらの声を聞き取れるように)静かに応援し、ゴールが決まったときに爆発的に騒げるので静と動のギャップが楽しい」と語り、「今は怪我で代表チームを離れていますが、2020年はピッチに戻って視覚障害者の人の勇気になりたい。応援してくれる人への感謝を表現したい」と代表復帰を誓った。

這い上がって獲ったリオ銅メダル

元競泳選手の星さん
元競泳選手の星さん

 自分の中の困難と戦いながら競技をするのはパラアスリートに限らない。2012年ロンドンオリンピックと2016年のリオデジャネイロオリンピックの競泳女子200メートルバタフライで、2大会連続の銅メダルに輝いた星さんは、甲状腺ホルモンが過剰に分泌されるバセドー病を抱えながら競技を続けた。

 兄の影響で、1歳半からベビースイミングを始め、5歳で4泳法をマスターする早熟ぶり。子供の頃は平凡な選手だったというが、中学生に上がると持ち味の持久力を生かせる距離の200メートルバタフライでタイムを伸ばし、高校時代にはインターハイを制し2008年北京オリンピックに出場した。

 順風満帆だったと見える高校時代だが、バセドー病と診断されたのもこの頃だ。少しの運動で動悸が激しくなる症状に悩まされた。「階段をあがるだけでも心臓がバクバク。運動自体にドクターストップがかかり、体育の授業も見学していました」(星さん)。

 投薬治療を続けたが、リオオリンピックを控えた24歳の時に、調子が悪くなり甲状腺の手術を決めた。集大成と位置づけたリオの前で引退も頭をよぎったというが、コーチや家族の支えもあり復帰し、2015年の世界水泳選手権で日本の競泳女子で、大会初の金メダルを獲得。その翌年にはリオで2大会連続の銅メダルに輝いた。

ロンドンとリオで獲得した銅メダルを見せる星さん
ロンドンとリオで獲得した銅メダルを見せる星さん

「這い上がって獲ったメダルなので、リオのメダルが一番嬉しくて重みがあります。泳げない期間に、いかに自分が水泳を好きか、不自由なく水泳を続けられたことが幸せなことだったのか強く感じました。それが自分の強みになったのだと思います」

 現役を引退し、コーチやコメンテーターの立場で2020年の東京オリンピック・パラリンピックを迎える星さん。「応援に行くのも、ボランティアをするのも参加のかたち。皆さんには自分でできるかたちでオリンピック・パラリンピックに参加してほしい」と呼びかけた。

駐日英国首席公使のデイビッド・エリス氏(左)と川崎市長の福田紀彦氏(右)
駐日英国首席公使のデイビッド・エリス氏(左)と川崎市長の福田紀彦氏(右)

 「かわパラ」が開催された川崎市は英国のオリンピック・パラリンピックチームの事前キャンプ地に決まっており、英国チームを受け入れる準備の気運が高まりつつある。英国は、1948年に同国のストーク・マンデビル病院で医師のルードヴィッヒ・グットマンが障害者のために開催した競技大会がパラリンピックの原点とされていることや、ロンドンパラリンピックが社会的影響において成功した点で、パラスポーツとの関わりが深い。

 福田紀彦・川崎市長は「ちょうど2年後の今日は東京パラリンピックの開会式にあたる。東京パラリンピックを、川崎が大きく変革する機会にしたい」と述べ、駐日英国首席公使のデイビッド・エリス氏は「2回目のパラリンピックを開催する都市は東京が初めてです。そのパラリンピックを皆様とともに作り上げ、共有できることを光栄に感じております」と流暢な日本語で話した。

「ボッチャ」を楽しむ来場者
「ボッチャ」を楽しむ来場者

 会場ではアンプティサッカー、カローリング、ボッチャといった障害者でも楽しめるスポーツの体験会が開かれ多くの家族連れで賑わった。2年後に迫った大会を前に、スポーツの体験を通して、身体障害者が抱えるハンディキャップについて言葉を超えて理解し、誰もが自分らしく暮らせる社会を作っていく動きが広がっていた。(フジテレビ)

アンプティサッカーでシュートに挑戦する来場者
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フジテレビのパラスポーツ応援番組「PARA☆DO!」のテーマ曲などを披露した歌手の清貴さん
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ご当地アイドル「川崎純情小町☆」も歌とダンスで盛り上げた
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