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【産経抄】8月22日

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 第100回全国高校野球選手権大会は、大阪桐蔭が史上初となる2度目の春夏連覇を達成して終わった。もっとも、大会の話題をさらったのは、準優勝の金足農である。

 ▼「雑草軍団」と呼ばれたチームが強豪校をねじ伏せるたびに、ファンの熱気が高まった。秋田県勢として103年ぶりの決勝進出を果たし、東北勢として初めて甲子園の頂点に立つ夢まで、あと一歩まで迫った。

 ▼大阪桐蔭以外にも、作新学院、中京商、PL学園、横浜、興南、そして箕島が、春夏連覇を達成している。このうち金足農と同じ公立高は箕島だけだ。平成23年に68歳で亡くなった尾藤公(びとう・ただし)監督は、やはり地元出身の選手だけを率いて、甲子園を4度制している。

 ▼尾藤監督が小紙の取材で、思い出の選手の一人として挙げたのが、昭和52年春の大会で、2度目の優勝を成し遂げた際のエース、東裕司投手である。前年秋の近畿大会で痛めた左ひじが完治しないまま、6日間で5試合を投げ抜いた。2人は試合後、報道陣の目を逃れて治療のために宿舎と箕島(和歌山県有田市)をタクシーで往復していた。

 ▼最後は左ひじのまわりが紫色に変色していたほどだ。定時制の生徒だった東投手は、昼間は自動車整備工場で働き、それから練習、授業を受ける。会社と学校の間往復20キロをランニングする生活を3年間続けた、そのがんばりが優勝を導いたと、監督は語っていた。

 ▼「東北と、秋田の夢を背負って挑む」。その言葉通り、金足農の吉田輝星(こうせい)投手は、準決勝までの5試合すべてを完投した。決勝では大阪桐蔭の強力打線につかまりマウンドを降りたものの、今大会屈指の好投手、との前評判通りの活躍だった。口に出さない苦しみに耐えながらの熱投だったのだろう。

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