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【高校野球】たった一言「がんばれ」 戦後第1回出場の元山形中主将

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【高校野球】
たった一言「がんばれ」 戦後第1回出場の元山形中主将

開幕式後、山形東高の選手らを「頑張れ」と激励した旧制山形中学野球部主将の渡部盛雄さん(中央)=12日、山形県中山町の荘内銀行・日新製薬スタジアム(柏崎幸三撮影) 開幕式後、山形東高の選手らを「頑張れ」と激励した旧制山形中学野球部主将の渡部盛雄さん(中央)=12日、山形県中山町の荘内銀行・日新製薬スタジアム(柏崎幸三撮影)

 第100回全国高校野球選手権山形大会の開幕式のあった12日、荘内銀行・日新製薬スタジアムの内野席に野球を愛する一人の男性の姿があった。

 渡部盛雄さん(89)だ。昭和21年8月にあった先の大戦後初の中等学校野球大会(現在の夏の高校野球選手権)に出場した、元山形中(現山形東高校)野球部主将。渡部さんは兵庫県から、後輩の応援、そして高校球児の「熱」を再度感じようと故郷山形を訪れた。

 開会式で紹介された渡部さんには観衆から多くの拍手が送られた。中学3年のときに海軍(当時)の飛行予科練習生(予科練)に志願、特攻隊を志願したが、すでに飛行機はなかったという。

 戦争が終結し、「平和な時代が来たのだからうちへ帰れ」という予科練の上官に促され、帰郷。野球部を復活させ、戦後初の中等学校野球大会に出場するという目標をたてた。4年生で復学した渡部さんは「お前が主将になれ」といわれたという。

 「当時は何もなく、まずは畑だったところをグラウンドに戻すことから始めたんです。私には野球しかしなかった」

 朝から夜の8時過ぎまで野球漬けの日々だった。戦後の荒廃期で出場枠も1県1校ではなく、福島、宮城、山形の3県で1校が出場した。大会の球場(スタジアム)も甲子園球場ではなく、西宮球場だった。甲子園は占領軍に接収されていたからだ。

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