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【月刊パラスポーツ】競泳・山田拓朗 5度目舞台へ「最高の自分出す」

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 世界最高峰の舞台「五輪」を目指していた。健常者のスイマーと肩を並べながら力をつけた。わずか4年後の13歳のときに、04年アテネ大会に最年少で出場した。結果は50メートル自由形、400メートル自由形ともに予選落ちだった。

 「世界はとにかく速かった。そしてパラという大会に感動した」。観客総立ちの大喝采で会場が震えた。かつてない緊張と興奮を味わった。戦いの場をパラリンピックに絞った。

 当初は400メートルを重点的に鍛えていた。高校時代は練習で1日8千メートル泳いでいた。ただ、自身の片腕がない状況と片方の足がないスイマーが同じクラスで、長距離は両手で水をかけないと不利だと気づいた。短距離種目に転向。12年ロンドン大会の50メートルで4位となり、確かな手応えをつかんだ。

 リオデジャネイロ大会前、知り合いの紹介で義手を作ってもらい、左右均等に上半身の筋力トレーニングができるようになった。現在は午前に4千メートルの水中練習を行い、午後は筋トレでみっちり汗を流す。

 新たについた左胸の筋肉で、短い左腕でも推進力を得られるようになった。さらに体幹が強くなれば、水面と平行に体を維持する姿勢が保て、水の抵抗による失速を最小限に抑えることができる。

 2年後の東京大会を競技人生の集大成と位置づける。これまで4度のパラリンピックでは必ず自己ベストを更新してきた。「自分がどこまでできるのか、自分自身が知りたい。本番で最高の自分を出せる自信はある」

                   

【プロフィル】山田拓朗

 やまだ・たくろう 1991年4月12日、兵庫県生まれ。生まれつき左腕の肘から先がない先天性前腕亡失。3歳から水泳を始め、2004年パラリンピック・アテネ大会に最年少の13歳で出場。08年北京、12年ロンドン、16年リオデジャネイロと4大会連続で代表となり、リオでは男子50メートル自由形で銅メダルを獲得した。

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