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【現役スプリンター 末続慎吾の哲学】アスリートは人生を見られている

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【現役スプリンター 末続慎吾の哲学】
アスリートは人生を見られている

 ずっと走ってきて、今も走っている。37歳になった僕に「まだ走っているのか?」と驚く人がいるかもしれない。でも、「今できることをする」というのは、人として誠実なことだと思う。走れるのならば走ってもいいんじゃないか? できることをするってことは自分に誠実だし、嘘がない。

 僕らアスリートはさまざまな体験や経験を積んでいる。それが極まってくると、自分の中だけにとどめるのではなく、誰かに伝え、共有し、広げていく段階がくる。そして伝えながら、同時に自分も学んでいく。体験や経験が生かされ、未来につながっていく。そんなことを考えていたこともあって、2カ月に1度だけど、この連載コラムで筆を執ろうと思った。

 実は、きっかけが昨年あった。僕は2003年にパリで行われた陸上の世界選手権男子200メートルで、短距離種目では日本初となる銅メダルを、08年北京五輪でも400メートルリレーで銅メダルを獲得した。だが、その後は、長年にわたり心身を限界まで追い込んでいたことが原因で体調を崩し、休養してしまった。3年間休養した。ゼロから、いや、マイナスからまた再び取り組んだ。そして昨年6月の日本選手権に出場した。9年ぶりだった。

 200メートル予選のスタートに立った時、スタンドから湧き起こった拍手と歓声。あの瞬間、僕はアスリートが生きる可能性を感じた。自分が納得する過程を踏んで、一つの舞台に立てた。それを観客の方と共感できた。「あぁ、スポーツって人の人生を見てるんだな」って。スポーツの神髄に触れる思いだった。

 あんな反応は、これまでなかった。メダルを取ってたたえてもらったことはあったし、自分自身、誇りに思えたことも確かだった。だけど、どこかそれは自分だけがうれしかったのかもしれない、とも思った。

 あの日本選手権は、これから走る僕の姿を喜んでいる人がいて、僕も幸せだった。一番遠かった観客の人たちが、僕のことを、僕が積み上げてきた9年間という歳月を理解してくれていた。走ることを通じて、何か大事なことを伝えられているんじゃないかと思えた。

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