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【ボクシング】木村悠・リーグ戦の記憶「後楽園ホールのリングは誰でも立てる舞台ではない」

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木村悠・リーグ戦の記憶「後楽園ホールのリングは誰でも立てる舞台ではない」

勤務先のFiNCにて 勤務先のFiNCにて

大学4年生時のリーグ戦は減量が辛かった。リーグ戦は毎年5月から7月までの約3か月間、2週間ごとに試合があったため、試合2日後にライトフライ級48キロ(当時)から54キロ程度に増える体重を、2週間後の試合に向けて毎回6キロから7キロ減量し、ライトフライ級のリミット48キロにしていた。それでも、後楽園ホールでの試合は充実感があり、嬉しかった。

 四年間のリーグ戦での戦績は19戦16勝3敗。東農大・五十嵐俊幸と大平直樹、日大・山田有に敗れた。1年生で全日本チャンピオンになったため、常にポイントゲッターとして勝利を求められていた。

 法大では、先輩の松尾亮や石田智、同期の細野悟などが一緒に出かける仲だった。アテネ五輪全日本合宿メンバー、東農大・五十嵐俊幸、清水智信、拓大・内山高志、八重樫東、日大・佐藤幸治、平田直己、中大・正山照門なども切磋琢磨した仲だ。アテネ五輪がアマチュアボクサーの多くがプロに転向する転換期だったのでは。全日本メンバーではなかったが、専大・「神の左」山中慎介もこの時代のボクサーだ。多くがプロでもチャンピオンになったものの、全日本メンバーで中心的存在だった正山照門がプロデビューしていない。

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