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【大相撲初場所】稀勢の里「まわしが恥ずかしい」と照れた小学生時代 スポーツ万能、野球もエース

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【大相撲初場所】
稀勢の里「まわしが恥ずかしい」と照れた小学生時代 スポーツ万能、野球もエース

田子ノ浦部屋の前でファンに囲まれる稀勢の里= 東京都江戸川区(中井誠撮影) 田子ノ浦部屋の前でファンに囲まれる稀勢の里= 東京都江戸川区(中井誠撮影)

 稀勢の里は平成14年春場所の初土俵から15年を経て初優勝し、長年の辛抱がようやく花開いた。「強い日本人横綱になってほしい」。見守り続けた茨城県の地元関係者の期待も大きい。

 「長かったね。一番喜んでいるのは両親じゃないかな」

 稀勢の里の母校、同県龍ケ崎市立松葉小の在校当時の教頭、葉梨修さん(70)は「体が大きく、やんちゃでひょうきんな性格だった」と話す。小学2年時の担任、鶴巻幸子さん(58)は「大きいから相撲をやったらいいじゃない」と声をかけ、「まわしが恥ずかしい」と照れたのを覚えている。

 しかし、その小2で初めてまわしをつけて出場した地元の相撲大会で、上級生5人に勝ち抜き優勝。4~6年時は、わんぱく相撲の茨城代表として両国国技館の土俵にも上がった。

 小さい頃からスポーツ万能で、中学まで続けた野球ではエースで4番。龍ケ崎市立長山中野球部の監督だった吉田正人さん(48)は「長身の本格派。器用さもあった」と振り返る。

 中学卒業と同時に角界入り。身長180センチ、体重100キロの堂々たる体格を誇った中学2年の冬、両親と見学に訪れた鳴戸部屋で、先代の親方(元横綱隆の里)から「将来、横綱になれるよ」と誘われ、即座に「よろしくお願いします」と親子で頭を下げた。

 横綱昇進は身上の真っ向勝負を貫いた末の勲章だ。少年野球チーム「龍ケ崎ハリケーンズ」の当時の監督、岩瀬正和さん(68)は「無口のように見えるが、本来はおしゃべり。ヒットの打ち方を熱心に聞いてきた」と明かし、「待ちに待った分も横綱として息が長く、強い姿を見せてほしい」と期待を込めた。(鴨川一也)

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