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【舞の海の相撲俵論】角聖を救った旅順神社

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【舞の海の相撲俵論】
角聖を救った旅順神社

 「相撲は野蛮な裸踊り」と揶揄(やゆ)されていた時代。力士が「相撲取り」と呼ばれるのを最も嫌った。現役中に本場所を休んでまで渡米。ルーズベルト大統領と会談し大相撲を紹介するなど、力士の地位向上への貢献がいまでも「角聖(かくせい)」とあがめられるゆえんだ。

 機微に助けられた人生でもあった。

 満州での巡業が行われたときのこと。帰国が近付いた頃になって、常陸山は「旅順で奉納相撲をやろう」と言い出した。乗る船を3、4日後に変更せねばならず、長旅で疲れ果てた一行はみな反対。しかし、横綱が「わしは1人でも行く」と言い出したから周囲は従わざるを得なかった。

 その頑固さが一行の命をつなぐことになる。もともと乗船する予定の船は航海の途中で濃霧のため沈没。乗客は全員亡くなる大惨事が起こった。帰国が延びたことを知らない日本では大騒ぎとなり「常陸山遭難」との号外が出たという話すらある。

 常陸山が旅順行きにこだわったのは、縁深い軍人の広瀬武夫が日露戦争の犠牲者としてまつられた神社があったからだ。横綱へ昇進した晴れ姿を生前に見せられず、どうしても土俵入りを披露したかったという。

 旅順に眠る広瀬もまた常陸山を引き留めたかったのだろうか。救われた命は相撲を娯楽的な興行から国技へと発展させることにささげられた。(元小結 舞の海秀平)

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