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アベランジェ氏死去 業績は「功罪」…日韓W杯は政治的敗北

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アベランジェ氏死去 業績は「功罪」…日韓W杯は政治的敗北

2002年W杯へ向け、横浜国際総合競技場を視察したアベランジェ氏=1997年11月、横浜市内 2002年W杯へ向け、横浜国際総合競技場を視察したアベランジェ氏=1997年11月、横浜市内

 16日、100歳で死去した第7代国際サッカー連盟(FIFA)会長、ジョアン・アベランジェ氏の業績は功罪相半ばする。

 「功」は、欧州のものだったサッカー競技を世界へ広げ、マーケットを飛躍的に発展させたことだ。ベルギーからの移民を父に持つブラジル人のアベランジェ氏は、1904年以降、6代にわたって欧州出身者で占められていた会長に74年、初めて欧州以外から就任した。

 反欧州を鮮明に打ち出すことで、アジア、アフリカ、北中米カリブなどの票を集め、98年に辞任するまで約24年間にわたり、長期政権を築く。実業家として成功した手腕を発揮し、ワールドカップ(W杯)出場枠を「16」から82年スペイン大会で「24」へ、さらには98年フランス大会からは「32」へと拡大させた。欧州外の各連盟にも出場枠をばらまくことで、さらなる支持を集めた。

 2002年W杯招致に際しては、アジアへ商圏を広げるべく、いち早く日本開催の支持を表明。これに対し、韓国が欧州勢力と手を組んで巻き返し、紛糾。1996年に“妥協の産物”として、日韓共同開催が決まったが、同時に「アベランジェの政治的敗北」とも受け止められた。

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