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【土俵の群像】秀逸だった境川親方のスピーチ 弟子・豊響の披露宴で送った言葉とは…

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【土俵の群像】
秀逸だった境川親方のスピーチ 弟子・豊響の披露宴で送った言葉とは…

豊響(左から3人目)の披露宴が終わり、出席者を見送る境川親方(左) 豊響(左から3人目)の披露宴が終わり、出席者を見送る境川親方(左)

 大相撲の境川部屋といえば、角界屈指の厳しい稽古で知られる。率いる境川親方(元小結両国)は威厳たっぷりで、義理人情にも厚い。2月14日に東京都内で行われた弟子の幕内豊響(本名・門元隆太、山口県下関市出身)の里由貴夫人との挙式披露宴。師匠が夫妻と出席者へ送ったスピーチは秀逸だった。

 会を締めくくるあいさつ。境川親方が明かしたのは、弟子との出会いにまつわるエピソードだった。

 「豊響を山口までスカウトに行った高3のときのことです。『お前のような奴はうちの若い衆にはいらん』と怒鳴りつけて東京まで帰ってきてしまいました」

 逆鱗に触れたのは、女手一つで育ててくれた母への口の利き方。「親方にお世話になったら」と声をかけた母に、のちの豊響は「だったらお前が行けよ」と悪態をついたという。

 今でこそ境川部屋は5人の関取を筆頭に多くの力士を抱える大部屋だが、当時は1人でも多くの新弟子が喉から手が出るほど欲しい小所帯だった。それでも師匠はぶれなかった。頑固で、曲がったことがどうしても許せないのが、この人だ。

 豊響は高校卒業後、造船会社で働いていたが、角界入りの道を諦められなかった。2年後、自ら門をたたいたのは境川部屋だった。熱意を感じた師匠は受け入れた。

 「豊響は(兄弟子の)岩木山、宝智山の胸を借りて毎日泥だらけになりました。関取衆になるまでに稽古場で3回か4回は泣いたと思います」

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