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【話の肖像画】中日2軍監督・小笠原道大(3)北海道で優勝の美酒

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【話の肖像画】
中日2軍監督・小笠原道大(3)北海道で優勝の美酒

2006年日本シリーズの優勝パレードで、ファンの声援に応える(手前中央)=札幌市中央区

 〈プロ3年目の1999年、開幕スタメンをつかんだ。打順は2番。その後も2番打者として定着したが、一方で「バントをしない2番打者」として有名になった〉

 内野もキャッチャーもできる自分はメディアから「コンビニルーキー」などと呼ばれることがあった。2年目のオフに落合博満さん(現・中日ゼネラル・マネジャー)が引退し、捕手から一塁にコンバート。オープン戦で結果を残すことができました。開幕戦の先発メンバーになり、今度はチャンスに結果を残すことが求められるわけですが、当時の上田利治監督をはじめ、コーチ陣が辛抱強く自分を使ってくれてサポートしてくれたことが大きいですね。プロ3年目に135試合に出場して25本塁打。1軍の試合に出場しながら成長することができました。

 〈プロ初本塁打は前年の98年7月。ところが、約1カ月前の左手人さし指の骨折が完治していなかった。挫折を口にせず、はい上がろうとする雑草魂は「ガッツ」の愛称のゆえんともされる〉

 自分の呼び名については、理由をあまり聞いてほしくないです。球界には自分よりももっと大きなけがを押して試合に出ている選手がいます。自分の場合は、たまたま故障からの復帰がクローズアップされただけです。自分のスタイルとして、がむしゃらに泥臭く、何にでも食らいついていくという気持ちがあったということで、片付けてください(笑)。

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