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【舞の海の相撲俵論】もののあはれにふれて

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【舞の海の相撲俵論】
もののあはれにふれて

 人は見かけによらぬもの、とは北の富士さんのこと。師走の神楽坂。初めて2人だけで酒を酌み交わした。甘鯛の塩焼きを肴(さかな)に焼酎のグラスを傾けながら聞く昔話にどんどん引き込まれていった。

 昭和17年、北海道旭川市に生まれた。父が事業に失敗し、訳もわからずトラックに乗せられること3度。夜逃げだったという。知人の紹介で郷土の横綱千代の山と出会い、角界入りすることが決まった。

 上京する際。痩身の少年に母は握り飯10個を持たせてくれた。しかし、道中の青函連絡船は激しく揺れ、船酔いで体重が激減。最初の新弟子検査は不合格だった。

 入門した出羽海部屋には当時約130人の弟子がいた。一つの布団で2人が眠り、寝返りを打つと稽古場の土俵に転がり落ちる力士もいたという。

 大関の頃、相撲史に残る事件に巻き込まれた。部屋付きの九重親方(元横綱千代の山)が13人の弟子を連れて、独立を申し出た。「分家独立を許さず」という不文律があったが、出羽海親方(元幕内出羽ノ花)は「若い力士には将来がある」と英断を下し、破門という形で独立を認めた。

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