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【スポーツ異聞】「スポーツ実況」に元気がなくなってしまった

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【スポーツ異聞】
「スポーツ実況」に元気がなくなってしまった

1980年代、プロレス実況で一時代を築いた古舘。活躍の場を「報道」に移してからは、めったにプロレスの話題に触れない

 今となってはプロレスのことを報道の第一線で触れることのない古舘だが、「報ステ」番組降板に関して元経産省官僚の古賀茂明氏との口論の模様は、プロレスでもめったに見ることのないガチンコ勝負の様相を呈した。古賀氏が挑んできたセメント(真剣勝負)試合に、苦し紛れに古舘が対応。「ニュースはショーではなく、真剣勝負である」という真理を精いっぱい証明してみせた。

プロレスアナの系譜

 昭和のプロレス全盛の頃、プロレス中継の実況は新人アナの登竜門といえた。しかし、入社時にプロ野球の担当を希望していた徳光和夫はプロレスに回され、当初、仕事にやりがいを感じることができなかった。しかし、プロ野球から転向したジャイアント馬場との出会いが若い徳光にプロレスへの思いを強くさせ、「プロレスを魅力的に伝えていこう」と決心させたという。

 「全国2000万人のプロレスファンの皆様、こんばんは…」。この名セリフを記憶する中高年は多いが、最初に披露したのは徳光の先輩にあたる清水一郎と言われている。一見、何の変哲もない挨拶がお茶の間のファンの心を最大限に高揚させたのである。力道山の実況で知られる清水のプロレス愛は徳光に受け継がれ、「ジャストミート」福澤朗に至るまで、日本テレビには名勝負を伝えたアナウンサーの系譜がある。プロレスは実況アナ育成の場となったのだ。

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