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【未来へつなぐ 第4部 東京五輪の「経験」伝える(1)】バレーボール女子 現代に息づく「魔女」の教え

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【未来へつなぐ 第4部 東京五輪の「経験」伝える(1)】
バレーボール女子 現代に息づく「魔女」の教え

大松監督の猛特訓に耐えた日本女子は、1964年東京五輪で宿敵ソ連(手前)を破り金メダルを獲得した

 「お前ら、しっかり拾わんかいっ」

 午後4時の終業と同時に日紡貝塚(のちのユニチカ)女子バレーボール部、つまり女子日本代表の過酷な一日が始まる。練習はのっけから、「鬼の大松」と恐れられた大松博文監督の容赦ない怒声の嵐。それに続けて、強烈なスパイクの雨が選手を襲った。

スパルタ練習

 1964年東京五輪は「打倒ソ連」のためにあった。大松監督が編み出した回転レシーブは、守りから攻撃態勢へと素早く転じる日本独自の技。「体を硬い床に勢いよく打ち付けてボールを拾うため、選手は全身青あざだらけだった」。五輪半年前の4月に、助手役として代表チームに加わった吉田国昭(70)は、金メダルに懸ける「東洋の魔女」の執念を目の当たりにした。

 「できることはやっても仕方ない。できないことをできるようにすることが練習だ」が大松監督の口癖だった。休みは大みそかと元日だけ。体格雄偉なソ連との差を埋めるため、1ミリ単位のミスも妥協も許さないスパルタ式の練習は、明け方5時まで続く日もあった。

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