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【ジャイアンツ通信】背番号「55」から「44」へ 背負い続けた「松井の後継者」の重圧から解放される大田

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【ジャイアンツ通信】
背番号「55」から「44」へ 背負い続けた「松井の後継者」の重圧から解放される大田

 プロ野球は契約更改のまっただ中。セ・リーグ優勝を果たした巨人の選手たちも続々と契約書にサインし、来季への決意を新たにしている。そうした中、偉大すぎる先輩から引き継いだ背番号55に別れを告げ、「44」で再出発を図ることになったのが大田泰示(23)だ。「心機一転、頑張る」と、勝負の6年目にかける。(森本利優)

 2008年ドラフト1位。188センチの恵まれた体格とパワーをいかし、原辰徳監督の母校・東海大相模(神奈川)では通算65本塁打を記録した。そんな“未来の4番候補”に対して、球団が松井秀喜氏の米大リーグ移籍後、空き番号となっていた背番号55を用意したのは自然の流れだった。

 その瞬間、大田はただの「ルーキー」ではなくなった。周囲は「松井の後継者」と大いなる期待をかけた。本人も強く意識せざるを得なかった。「1つの言動、行動、私生活も気にしながら生活してきた」。大きな重圧となったことは想像に難くない。

 注目度の高さとは裏腹に、結果の出ない日々が続いた。毎年1軍でチャンスは与えられたが、ものにできず2軍に逆戻りを繰り返した。ようやくプロ初本塁打が出たのは昨年9月。チームがすでにリーグ優勝を決めた後だった。

 「去年少し成績を残せて、今年こそはという気持ち」で迎えたプロ5年目の今季。松井氏が師匠である長嶋茂雄終身名誉監督とともに国民栄誉賞を受賞した。5月5日、東京ドームでの授与式を大田自身、楽しみにしていたが、その直前に右太ももを負傷し登録抹消。松井氏との初対面もかなわなかった。終わってみれば、出場21試合で打率・161、0本塁打、2打点に終わり、球団から背番号の変更を告げられた。

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