9月11日

産経抄

 将棋でも囲碁でも、勝負の決着は静かにつく。対局者の表情からは、どちらが勝ったのか分からない場合がある。感情を面に出さないのが、プロ棋士のたしなみだからだ。スポーツの世界ではあり得ない光景である。

 ▼その意味で、今年のテニスの全米オープン女子シングルスは、異様な雰囲気のなかで幕を閉じた。勝者である大坂なおみ選手(20)は、ガッツポーズを見せることはない。笑顔さえなく、ただ涙がこぼれるばかりである。四大大会シングルス制覇という、日本テニス史上初の快挙を成し遂げたというのに。

 ▼原因は全て、敗れた米国のセリーナ・ウィリアムズ選手(36)にある。繰り返し受けた警告に激怒し審判をののしった揚げ句、集中力を失って自滅した。観客はウィリアムズ選手に加勢して、ブーイングを浴びせ続けた。

 ▼「みんな彼女を応援してたんでしょ。こんな結果でごめんなさい」。表彰式での大坂選手のスピーチは前代未聞である。元女王のウィリアムズ選手には、「プレーしてくれてありがとう」と頭を下げた。大和撫子(なでしこ)らしい振る舞いが功を奏して、ようやく祝福の拍手が広がった。

 ▼将棋の話に戻せば、元名人の升田幸三は、著書の『王手』でこう説いた。「師匠が弟子を叱るのは、基本を身につけさせる段階までです」「そして基本を出て、最後は、その人の心になる」。

 ▼もともと大坂選手は、強力なサーブとストロークは折り紙付きながら、精神的なもろさが指摘されてきた。昨年12月から専属コーチになったサーシャ・バインさんは、我慢の大切さを教え、徹底的なトレーニングによる体作りを重視した。見事、才能を開花させた大坂選手はウィリアムズ選手に代わって、「名人」への第一歩を踏み出した。