横綱・稀勢の里関が故郷で“原点回帰” 声援胸に進退懸ける秋場所

大相撲
龍ケ崎場所での綱締め実演が終わり、土俵を下りて花道を歩く稀勢の里関。観客がカメラを向け、手を振って声援を送る=龍ケ崎市中里

 大相撲の横綱、稀勢の里関(32)=茨城県牛久市出身、田子ノ浦部屋=が進退を懸ける秋場所の新番付が27日、発表された。稀勢の里関は東の2番目に据えられ、8場所連続休場からの復活を目指す。今月、夏巡業のため、母校がある同県龍ケ崎市に戻ってきた横綱は、少年時代の思い出が詰まったこの地で“原点回帰”した。

 「『たつのこやま』の階段をよく上り下りした。嫌だったけど、そういうところでしっかり体をつくったのが今につながっている」

 秋場所まで1カ月となった今月9日に行われた夏巡業「龍ケ崎場所」で、稀勢の里関が記者団に語った少年時代のエピソードだ。

 「たつのこやま」は、巡業会場になった市総合体育館「たつのこアリーナ」近くの龍ケ岡公園(同市中里)にある。標高41メートルの人工の山で、晴れた日には牛久大仏(同県牛久市)や筑波山のほか、東京スカイツリーも一望できるという。野球少年でもあった横綱は、山頂まで130段超の階段で体を鍛えていたようだ。

 横綱、稀勢の里関の「原点」となっている相撲大会が開かれたのも、この龍ケ崎だった。小学2年のときのことで、初めてまわしをつけて出場し、上級生5人に勝ち抜き優勝した。横綱は「金メダルをもらった。このうま味を感じていなかったら、相撲はやっていなかったと思う」と回顧する。

 龍ケ崎場所での稀勢の里関は、綱締め実演や土俵入りで周囲を沸かせた。横綱、鶴竜関との取組では割れんばかりの歓声が起きた。

 稀勢の里関が横綱に昇進してから同市に「凱旋(がいせん)」したのは初めてという。市はこの巡業で市民栄誉賞を贈る計画だったが、市によると、本人が辞退の意向を示したことから見送った。

 産経新聞の取材に応じた中山一生市長は、市民に喜びを与える稀勢の里関に謝意を示し、「横綱としての自信を持って力を発揮すれば、再び活躍していけると信じている」とエールを送る。

 龍ケ崎場所ではファンらの熱い声援だけではなく、会場に駆けつけた市立松葉小、長山中の後輩たちから応援も受けた。それは、秋場所に向けて鍛錬する横綱の励みとなったに違いない。

 秋場所は9月9日に初日を迎える。(水戸支局 海老原由紀)