【月刊パラスポーツ】東京パラ開幕まで2年 「アスナビ制度」…企業のニーズと合致 仕事と競技両立をJOC後押し - 産経ニュース

【月刊パラスポーツ】東京パラ開幕まで2年 「アスナビ制度」…企業のニーズと合致 仕事と競技両立をJOC後押し

2015年10月10日、千葉で開催されたアジアオセアニアチャンピオンシップで、相手選手をかわしシュートを放つ萩野(左)=蔵賢斗撮影
「アスナビ」を通じ、アビームコンサルティングに採用された萩野=7日、仙台市内(奥村信哉撮影)
 東京パラリンピック開幕まで25日で2年となった。自国開催を追い風に、大会の認知度は大きく向上。6月には、パラスポーツ専用体育館「日本財団パラアリーナ」が東京都品川区に完成した。障害者選手(パラアスリート)は一般選手と同様に、日本オリンピック委員会(JOC)の就職支援制度「アスナビ」を通じて、万全の支援を受けられるケースも増えている。(奥村信哉)
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 「東京大会まで2年という区切りで環境を変えようと思った」。こう話すのは車いすバスケットボール女子日本代表の萩野真世(25)。今月1日、経営コンサルティング大手のアビームコンサルティング(本社・東京)にアスナビ制度を利用して採用された。
 これまでは住宅設備機器を販売する仙台市の会社に勤務。週5日フルタイムで働きながら、所属する市内のクラブチームで練習を重ねていた。月1回の日本代表合宿や海外遠征時に勤務が免除されるサポートも受けていたが、昨年の世界選手権アジアオセアニア予選敗退を契機に、より競技に打ち込める環境を模索し、新天地を求めていた。
 アビーム入社後も引き続き、仙台市を拠点に活動。在宅業務は週1回で、東京本社への出社も月1回にとどまるため、競技に費やす時間は格段に増える。障害者選手を初めて採用したアビームの岩井かおり執行役員は「社員が刺激を受ける。障害という困難を乗り越え、スポーツの世界で一流になる精神力は私たちも見習いたい部分」と社内に与える影響に期待を寄せる。
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 JOCが日本パラリンピック委員会(JPC)と協定を結び、一般選手に加え障害者選手がアスナビに登録されるようになったのは14年8月。これまでに38人の就職が決まり、一般選手を含めた計226人の2割に迫る。アスナビのチーフプランニングディレクターを務めるJOCの久野孝男氏は「(障害者選手を求める)企業のニーズは高く、30社以上が待っている状態」と関心度の高さを指摘する。
 背景にあるのは障害者雇用促進法の改正だ。今年から障害者の法定雇用率が2・2%に引き上げられ、45人規模以上の社員を有する企業が雇用義務を負う。東京五輪・パラリンピックに何らかの形で関わりたい企業側の意識の高まりや、CSR(企業の社会的責任)の観点から一般選手より障害者選手を採用する方が社内合意が得られやすい事情もあるという。就職先は航空、保険、コンビニ、ゲーム会社など多岐にわたり、五輪・パラリンピックの法務業務を担うTMI法律事務所が「積極的な海外の大会に挑戦、活躍を続ける姿勢が、積極的海外展開の戦略に合致する」として、パラ卓球の金子和也(28)を採用した事例もある。今後の課題は、企業が東京パラリンピック終了後も、障害者選手を積極的に支援する風土を維持できるかだ。
 空間デザインなどを手掛ける乃村工芸社は14年、パラ・パワーリフティングの西崎哲男(41)=リオデジャネイロ大会に出場=を採用した後、社内にトレーニング室を設けて練習拠点としたほか、西崎がコーチを務めるパワーリフティング部も立ち上げ、社員の健康増進に役立てた。
 久野氏は「スポーツが持っている『力』をうまく社内で生かすことができれば、パラアスリートを採用する意義を東京パラリンピック後も企業側に感じていただけるのではないか」とレガシー(遺産)の構築に期待を寄せている。
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 ≪海外の現状は≫
 カナダでは障害者スポーツが広く浸透し、国を挙げて選手強化や財政的な支援が行われている。ドイツでは、スポーツを通じて障害者の社会復帰や統合を促そうと、公的な医療保険を利用できる制度が整備されている。
 障害者選手の強化に取り組むカナダで中核になるのは、民間非営利団体「カナダパラリンピック委員会」だ。25のスポーツ関連団体と連携し、「世界をリードするパラリンピック国家になる」との理念を掲げる。
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カナダ バンクーバー機に支援強化
 選手に対する支援体制が強化されたのは、22年ぶりの自国開催となった2010年のバンクーバー冬季大会がきっかけだ。大会前の05年に「オウン・ザ・ポディウム」(表彰台を手中に)という計画を立ち上げ、指導者の育成、医療支援の充実など包括的な強化策を実施。18年の平昌大会では、冬季として同国最多となるメダル28個の獲得につながった。
 政府が国際大会で活躍する競技者に対し、生活費やトレーニング経費などの財政支援をするプログラムもあり、健常者、障害者問わず同じ基準で同額が支払われる。計約1900人に年約2800万カナダドル(約23億円)があてがわれる。
 多文化国家であるカナダは女性や移民、先住民などへの平等政策に焦点が置かれてきた歴史があり、障害者の社会参加も進んだとされる。15年には管轄する閣僚が「スポーツ相」から「スポーツ・障害者相」に名称変更され、障害者スポーツ関連の法律や施策立案も進む。
 米国でも、西部コロラド州に本部を置く「米パラリンピック委員会」が草の根レベルでの選手発掘に力を注ぐ。13年に始まった育成強化プログラムでは特別アプリを活用。障害のある子供たちが自身のスポーツ動画を投稿し、一定の評価を受ければ、大会への招待や支援などが受けられる。(ニューヨーク 上塚真由)
ドイツ 障害者スポーツに公的保険
 猛暑に見舞われた8月上旬、ドイツの首都ベルリンで、車いすの男性約10人がバスケットボールの練習に熱中していた。「夢はパラリンピック出場」。4歳から車いすバスケに打ち込んできた少年(13)はそう語ると、汗を拭った。
 練習を主催するのは「ベルリン障害スポーツ協会」(SHB)。バスケのほかサッカーやホッケーもできる。会員は約430人。
 車いすバスケ歴約20年の男性メンバー(53)は「みんな一緒にできるのがいい。それまで自分は閉ざされた感じがしていた」と話す。今では資格をとり、車いすの子供にも教える。
 ドイツ障害者スポーツ協会(DBS)の担当責任者、フランク=トマス・ハルトレプ氏によると、SHBのような協会は国内で約6400団体あり、DBSの会員は約58万人に上る。
 こうした障害者のスポーツ参加に大きな役割を果たしているのが医療保険制度だ。ドイツで障害者スポーツは戦後、戦傷者のリハビリとして発展。医療保険が導入され、適用対象も障害者全般に広げるなど拡充されてきた。必要な費用が保険でまかなわれ、障害者はスポーツを始めやすい。
 「ハンディを背負っても人間は平等。社会全体で支えなければならない」。ハルトレプ氏はその根底にある考え方を説明する。
 保険が適用されるのは医師の処方箋に基づくリハビリ目的のスポーツに限られる。だが、障害者はその後も生涯スポーツとして継続し、中には競技スポーツに挑む人々も出てくる。ハルトレプ氏は「競技スポーツはよい成績を出すことが目的だが、障害者の場合、それを超え他の障害者や健常者に勇気も与える。それが重要」と強調している。(ベルリン 宮下日出男)
【用語解説】アスナビ
 JOCが2010年10月に創設した就職支援制度。生活環境を安定させ、競技に集中したいアスリートと企業との仲介役をJOCが無料で担う。企業はアスリートを正社員または契約社員として採用し、競技優先の勤務態勢を構築する。1日現在で152社・団体が226人を雇用した。