10万年後の安全―「信頼」と「責任」の意味

10万年後の安全―「信頼」と「責任」の意味(1)

フィンランドはなぜ核のごみ処分を「決断」できたのか

 日本から7900キロ、フィンランドの首都ヘルシンキからも240キロ離れた小さな町が、いま世界の注目を集めている。その町の名はエウラヨキ市。原子力発電に伴い発生する高レベル放射性廃棄物、いわゆる「核のごみ」を地下深くに埋める最終処分場の建設について正式に国の許可を受けたからだ。世界初の商用原子炉が稼働してから60年。人類がいまだ手をつけられなかった核のごみ対策がようやく一歩前へと動き出す。

最終処分場の建設を受け入れたエウラヨキ市

 19世紀、帝政ロシアの支配地となったフィンランドには、帝政様式の建築物が多く残っている。むろん、ここエウラヨキも例外ではない。この街で最も有名な建築物であるヴオヨキマナーハウスは、1836年に建築家、C・Lエンゲルによってデザインされ、母屋部分はフィンランドで最も美しいとも言われる。往時の荘園の名残そのままに、のどかな農場の中にそびえたつ旧領主の邸宅は、街の数少ない観光スポットである。

 現在はレストランや会議室などの多目的スペースも設けられ、地域の文化活動の拠点としての顔も持っているが、施設自体はフィンランドの電力会社TVOなどが出資するポシヴァ社がエウラヨキ自治体からリースにより借り上げている。そして、ポシヴァ社は世界で初めて核のごみの地層処分を実施する主体でもある。

エウラヨキで人気の観光スポット「ヴオヨキマナーハウス」

単純な発想

 ポシヴァ社とエウラヨキ市の関係は長い。ポシヴァ社は1999年に最終処分場建設に向けて自治体と協力協定を結び、市は翌年に受け入れを表明。これを皮切りに国会での承認を経て2001年に世界初の最終処分地に決まった。

処分予定地は、ヴオヨキマナーハウスから車で10分程度離れたオルキルオト原子力発電所の近傍にある。日本ではおおよそ想像もつかないとは思うが、原発から出たごみは原発立地の近くで処分する――言い換えれば、自分の家から出たごみを庭下に埋めるような極めて単純な「発想」である。

一見、短絡的な処分方法に思えるが、最終的に国が当地への処分場建設を許可したのは昨年11月のことである。そもそも最終処分地に関する地元の同意が得られるまでも時間を要したが、得られてからも15年もの歳月をかけて、精密な地質調査やより安全な処分方法を検討していたことになる。人類が生んだ核のごみの最終処分というのは、それだけ壮大なプロジェクトであることの裏返しでもある。

オルキルオト原子力発電所に隣接する最終処分場

10万年の「隔離」

 ウランを燃料に電気をつくる原発は、発電に伴い高レベル放射性廃棄物(核のごみ)を出す。強い放射能を帯びた核のごみが、天然ウラン鉱石並の放射能レベルに下がるまでに数万年以上かかるとされ、この途方もない「隔離」を人類の手でどのように実現させるか、いま原発を有する各国がともに頭を悩ます課題である。

 ただ、現時点で最も有効な解決策の一つとして挙げられるのが、フィンランドで間もなく本格的な着工が始まる「地層処分」だ。フィンランドの計画では、円筒形の金属製容器の中に核のごみを入れ、容器ごと地下450メートルの地盤に閉じ込める。フィンランドでは現在、原発4基が稼働中だが、今後原子力発電を増やしていく計画だ。

 地層処分が始まる2022年から100年かけて全ての核のごみが地下に埋設されると予測しており、全ての核のごみが埋設された段階で完全に封鎖する。

フィンランドの最終処分場のイメージ 提供:ポシヴァ社

 実はわが国でも、この地層処分が最も有力な処分方法として検討されている。日本では原子力発電で使い終わった燃料(使用済燃料)からウランやプルトニウムを取り出し、再び燃料として使う計画である。この過程で残る再利用できない成分が高レベル放射性廃棄物(核のごみ)であり、それを地層処分することが法律で定められている(※)。

 地中に埋めるものが異なるため、埋めるまでの工法にも技術的な違いはあるが、比較的地盤が安定した場所に埋めるという考え方はフィンランド含め世界共通である。

 核のごみをめぐる日本とフィンランドの温度差。「国民性の違い」と一言で片づければ、それで議論は終わってしまうかもしれないが、将来世代に先送りせず、現世代の責任で解決の道筋をつけていくべきであることに変わりはないはずなのに、目をそむけているとしか思えないような事態が続いてきたのである。

 日本人が真剣にこの問題を直視するためには何が必要なのか。そのヒントとなる言葉を、フィンランド取材では何度も聞いた。「トラスト(信頼)」と「レスポンシビリティ(責任)」。彼らがしきりに使った二つの言葉。核のごみ処分の最先端を行くフィンランドから日本人は何を学ぶべきか、キーワードの意味をひも解きながら考えてみたい。(産経デジタル編集部)

※フィンランドは再処理せずに使用済燃料を処分する計画


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10万年後の安全―「信頼」と「責任」の意味(2)

地震大国ニッポンで核のごみは埋められるか

 日本は世界有数の地震大国である。11月22日、福島県沖を震源とするマグニチュード7・4の巨大地震が起きた。東京電力福島第一原子力発電所にも到達した津波は、誰もがあの忌まわしい記憶を呼び覚ましたのではないだろうか。

 事故から5年。わが国では原発再稼働がようやく進みつつある。だが、事故の後遺症ともいえる「原発アレルギー」はいまだ日本人の心の奥底にある。「脱原発」か否か。この二者択一の議論にばかり注目が集まる一方で、議論のテーブルにさえつけない重要課題もある。原発から出た高レベル放射性廃棄物、そう「核のごみ」をいかに処分すべきかという議論である。

トイレなきマンション

 そもそも核のごみとは、使用済燃料からウランとプルトニウムを取り出す「再処理」を施した後に残る廃液のことだが、いま我が国に核のごみがどれくらいあるかご存じだろうか。

 崩壊熱を発生させる使用済燃料は、原子炉建屋内にある貯蔵プールで数年間冷やした後、再処理工場へ送られる。日本はこれまでこの再処理をフランスとイギリスに委託してきたが、残った廃液は放射性物質を閉じ込め扱いやすくするためにガラスと混ぜた「ガラス固化体」にしてから戻されている。このガラス固化体は極めて強い放射線を出す。

高レベル放射性廃棄物(ガラス固化体)

 ちなみに100万キロワット級の原発1基が1年間稼働した場合、約26本のガラス固化体が発生するとされる。使用済燃料の総量をこのガラス固化体に換算すると、既に再処理された分も合わせ、約2万5千本にも上る。当然のことながら原発が稼働し続ける限り、この量はどんどん増え続ける。

 国はガラス固化体について、30~50年間冷却保管した後、地下300メートルより深い地層に埋める方針を決めている。ただ、こうした処分方法は決まっていても、埋める場所がどこにも見つかっていない。原発が「トイレなきマンション」と揶揄されるゆえんだが、この行き場を失った核のごみをどこに埋めればいいのか、日本に限らず世界各国が頭を悩まし続けている。

オルキルオト原子力発電所に隣接する最終処分場

 だが、この悩ましい「課題」を世界に先駆けて解決させようと動き出したのが、北欧フィンランドである。同国西岸のエウラヨキ市にあるオルキルオト原発近傍で近く、世界で初めてとなる核のごみの最終処分場の建設が始まり、その行方に注目が集まっている。

 強い放射能を帯びた核のごみ、その影響が弱まるまでにかかる時間はおよそ10万年。むろん、人類史上これほどの歳月に耐えられる構造物が存在した例はない。最終処分場はいわば途方もない人類の未来と向き合う施設なのである。

2022年にも稼働

フィンランドの最終処分場のイメージ 提供:ポシヴァ社

 世界初の最終処分施設として注目されるフィンランドだが、これまで調査施設として一部が稼働しており、地下450メートルへと続く坑道において岩盤や地下水のデータなどの収集や掘削による影響について調査が行われてきた。この施設は「オンカロ」と呼ばれ、フィンランド語で「洞窟」を意味する。

 現在までに完成しているのは、全長5キロの坑道と作業員の移動や換気などのために掘られた1本の立て坑、作業員の避難場所となる施設や試験孔と呼ばれる実験施設。坑道は幅、高さともに5メートルほどあり、大型トラックでも十分行き来が可能なトンネルと表現した方が分かりやすいかもしれない。

 フィンランドでは、この施設を拡張させて、2022年から核のごみの処分を始める。計画では100年後に封鎖する予定だ。現在、政府により承認されている処分容量は6500トン。現在フィンランドで稼働中の原発4基と建設中の1基を50~60年運転した場合に発生する核のごみの量に相当する。

 ただ、現時点では5500トンの廃棄物を埋める想定になっており、この処分量の場合、坑道の総延長は42キロ、処分エリアの面積は2~3平方キロメートルになる。実際に核のごみを埋める際には、純度の高い円筒形の銅製容器と鋳鉄製容器からなる二重構造の「キャニスタ」に封入して処分する。銅が腐食に極めて強い金属である特性を生かした技術である。

 この壮大な事業を実施するのは、フィンランドの電力2社が出資するポシヴァ社。処分費用の総額は35億ユーロ(約4600億円)と試算しているが、これまでに2社が積み立てた政府所管の基金から捻出し、一部は一般の電力料金にも上乗せして徴収されている。

不都合な真実

 フィンランドで計画が進む地層処分は、現在の科学力では最も信頼性の高い技術とされ、日本でも北海道と岐阜県にある研究施設で調査研究が行われている。ただ、フィンランドは日本と異なり、めったに地震が起こらない国である。しかも、北欧3国があるスカンジナビア半島の地盤は、世界で最も古い19億年前にできた花崗岩質の固い岩盤で覆われており、これまでの地質調査では少なくとも10億年以上、地殻変動が確認されていない。他方で、北に位置するがゆえに氷河の影響を大きく受ける地域なのである。

ポシヴァ社の地質学者アンッティ・ヨウツェン氏

 ポシヴァ社の地質学者、アンッティ・ヨウツェン氏は言う。「この一帯はおそらく10万年以内に次の氷河期がやって来て、分厚い氷の層に覆われているでしょう。ポシヴァ社は氷河による地盤の沈降や圧力、その後の気温上昇に伴う地下水の発生など、あらゆるシナリオを想定して、それらに耐え得る技術を確立した。10万年後もきっと核のごみが安全に処分されていると思います」

 なぜ10万年後の安全をそこまで自信たっぷりに言い切れるのか。当たり前だが、「10万年後の未来」を確実に予測できる人間なんているはずがない。その辺りの疑問をしつこく彼にぶつけてみると、ふうっとため息をついた後、強い口調でこう答えた。

 「もちろん、私だって10万年後を100%予測することなんてできません。でも、将来のことは分からないので放っておけばいいというのも違うんじゃないでしょうか? 自分たちの国で出た核のごみは自分たちの手で片付ける。道義的に考えれば、それが一番理にかなっていると思います」

 わが国で地層処分の議論がなかなか進まない理由に、「地震大国」であることへの懸念がある。確かに、自然現象が相手である以上、不確実性は必ずつきまとう。だが、地上の建物が崩壊するような巨大地震が起きた時でも、地下の固い岩盤はほとんど揺れないため、それほど大きな打撃を受けないという事実はほとんど知られていない。いや、むしろ核のごみを地上で保管するよりも、埋設した方が「安全」だとされるゆえんなのだが、こうした事実は今の日本人には届きにくい。

 もし、いま原発ゼロが日本で実現したとしても、行き場を失った大量の核のごみは残ったままである。厄介な問題であることに変わりはない。この「不都合な真実」から目を背けたくなる気持ちだって分からなくもない。だが、それは将来世代に解決を委ねるという、現世代にとって都合の良い論理でしかないのもまた事実である。

 10万年後の安全を語ることと、何もせずに放置することと果たしてどちらが「無責任」なのか。それを判断するのは、私たち日本人自身であることを忘れてはならない。(産経デジタル編集部)


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10万年後の安全―「信頼」と「責任」の意味(3)

核のごみの最終処分をどう受け止めたか
オンカロの町で出会ったある少年の思い

エウラヨキのショッピングセンターで出会った少年

 世界初の核のごみの最終処分場「通称オンカロ」があるフィンランド西岸の町、エウラヨキで一人の少年と出会った。少年の名はパトリック、19歳。地元の食品加工会社で鶏肉を包装する期間工として働く。まだ幼さの残る顔立ちだが、背は180センチを優に超える。来年の大学受験を目指し、学業と仕事の両立に励む好青年だ。

 そんな彼に核のごみについて、いくつか尋ねてみた。すると、彼の口から出たのは、日本人の感覚からは到底考えられないような言葉ばかりだった。

 「核のごみを地下に埋めることは怖くないのかって? 僕には全く恐怖心なんかないよ。だって学校の社会見学でオンカロを自分の目で見てそう感じた。専門家の人が僕たちに丁寧に説明してくれた言葉だって信頼できる。核のごみを受け入れることに反対する理由なんてどこにもないよ」

 実は今回の取材で他にも10人の若者に同様の質問をぶつけてみたが、核のごみの地層処分について「反対」と答えたのはわずか一人。しかも、「どちらかと言えば反対」というスタンスで明確に反対の意思表示をした若者とは出会えなかった。彼らはなぜ核のごみを受け入れることができたのか。

なぜ最終処分を受け入れたか

 フィンランドの処分地選定をめぐる歴史は40年にも及ぶ。この国で商用原発が稼働したのは1977年。それから6年後の83年には自国の原発から出た核のごみを地下に埋める最適な場所探しに乗り出している。つまり、フィンランドでは原発の稼働とほぼ同じタイミングで核のごみの最終処分に向けた取り組みを開始していたことになる。

 その後十数年に及ぶ地質や環境調査などを経て、最終処分の実施主体であるポシヴァ社が最終的にエウラヨキを含む4つの候補地に絞り込んだのが1999年。この年に実施した地層処分の受け入れに関する住民意識調査では、エウラヨキ市民の59%が賛成、反対は32%に上ったが、実はエウラヨキよりも賛成派が多かった自治体が他にあった。にもかかわらず、ポシヴァ社は2年後にエウラヨキと最終処分場建設に向けて合意している。

ポシヴァ社営業部長のキモ・レト氏

 ポシヴァ社営業部長、キモ・レト氏は言う。「私たちは4つの候補地の中でどこが最も安全に処分できるか、用地の広さや地盤の影響などを総合的に評価した結果、エウラヨキが最適であるとの意見をまとめ、STUK(フィンランドの原子力規制機関)に申請しました。そして、原子力法に定められた手続きに基づき、STUKの審査を経て、最終的にはエウラヨキ市議会と国会の同意をそれぞれ得たのです。時間はかかりましたが、受け入れ自治体の住民の理解と信頼を得るためには、避けては通れないプロセスだったと思っています」

 エウラヨキでは、ポシヴァ社が作った処分場に関する定期刊行物が各家庭に配布され、住民説明会も頻繁に開かれている。人口は6千人とフィンランドでも小さな自治体の一つだが、オルキルオト原発が立地し、人口のおよそ1割は原子力関連施設で働く。

 ただ、フィンランドでは、日本のように原発を受け入れた自治体への交付金制度はない。その代わり、立地自治体への優遇措置として原発や関連施設に対する固定資産税率の大幅な引き上げが認められている。つまり、立地自治体は原発を受け入れるメリットとして電力事業者からの税収アップが見込まれるわけだが、エウラヨキではこの税収増よりもむしろ、雇用創出による経済効果の方が大きいという。

 「最も大切なことは、情報を常にオープンにして住民と意思疎通を図ることです。信頼を得るのに近道なんてものはありませんから」。レト氏が語った「信頼」の意味は重い。

急がば回れ

 日本ではどうか。原子力発電環境整備機構(NUMO)が2002年に処分場の公募を始めて以降、07年に高知県東洋町が手を挙げたが、その後住民の反対により白紙撤回したのが最初で最後の応募事例である。日本はフィンランドより10年も早く商用原発を稼働させているが、原発から出た核のごみの最終処分について、いまだ調査を受け入れてくれる自治体も現れていない。

エウラヨキ市議会のミカ・ヌルミ議長

 「日本が抱えている事情と単純に比較することはできませんが、私たちは原発による利益を享受してきました。それはエネルギーであり、雇用であり、税収も含めてですが、とはいえ利益だけを一方的に享受できるという都合の良い話はありません。だからこそ、原発の運転で生じた核のごみも私たちの手で処分する。この町で暮らす多くの住人はそれが自分たちの責任であると理解しているのだと思います」

 エウラヨキ市議会のミカ・ヌルミ議長は、インタビューの中で「責任」という言葉を何度も繰り返した。原発の稼働をめぐる賛否はさておき、日本も原発のメリットを享受してきたという経緯は同じである。

 いつかは必ず結論を出さなければならないと分かってはいても、このまま将来世代に解決を委ねてしまうのは、「無責任」であると言わざるを得ない。少なくとも、フィンランドで取材した筆者個人の見解はそうである。

 むろん、原発や核に対する不安を払拭するのは容易ではない。福島原発の事故以降、政府や電力事業者に対する不信感もいまだ大きい。こうした現実を真摯に受け止め、向き合うことがすべての大前提である。

 核のごみをめぐるわが国の議論は、フィンランドと違ってマイナスからのスタートになることは間違いない。それでも一歩ずつ前に進めるために必要なことは「誠実」の一言に尽きる。元来、日本人は世界のどの民族よりも責任感が強い国民である。急がば回れ。時間をかけて誠意を示せば、いつか必ず信頼は得られるはずだ。(産経デジタル編集部)


提供:NUMO(原子力発電環境整備機構)


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