2020年公開予定 ドキュメンタリー映画『くじらびと』完成記念対談

生きることの意味と命の尊さを問う

銛(もり)一つで鯨に闘いを挑む男たち──。インドネシアの村で続けられてきた伝統捕鯨の姿に1人の日本人が迫った。写真家、映画監督として数々の傑作を生み出してきた石川梵氏。四半世紀追跡した記録をドキュメンタリー映画にまとめた。この度、日本を代表する写真家、石川直樹氏との対談が実現。みどころを聞いた。(司会・編集局 佐々木正明)

撮りたかったのは鯨の心

撮りたかったのは鯨の心

ライフワークとして鯨に寄り沿う

『くじらびと』では日本の古式捕鯨にも似た、ラマレラ村の捕鯨文化が描かれます。
石川梵
(以下・梵)
90年に写真家として独立し、祈りをテーマに世界各地で撮影を始めました。その当時出会った生存捕鯨の村、ラマレラに魅了されました。あれから30年近い年月が流れ、今、改めて映画監督としてラマレラに向き合っています。
石川直樹
(以下・直樹)
今作では、ドローンでの空撮映像が印象的でした。鯨漁の舟が出ていく姿が、鯨そのものにも見える。写真にはない視点で、斬新です。
映画化しようと思ったのは、ドローンがあったのも、ひとつはあります。というのも鯨の気持ちをどうすれば撮れるか腐心したことがあるからです。いきさつを話すと、90年代、撮影を始めてから4年間、漁期の度に通ったにもかかわらず一頭も鯨が捕れませんでした。
直樹
梵さんがいる時だけ捕れない?
僕が行く3日前に捕れて、帰った翌日に捕れたこともありました(笑)。4年目にようやく撮れたのですが、その時に衝撃的な出来事がありました。鯨が最後にワーッと断末魔の叫びを上げたんですね。
直樹
鯨が鳴いた。
鯨が最後にワーッて鳴いたんです。それを見て、これまで人間の物語ばかり撮っていたけれども、海の中の鯨の物語も撮らねばと思いました。どうすれば鯨の気持ちを撮れるか考え、行き着いたのが鯨の目を撮ること。鯨は魚と違い死んだら目を瞑(つぶ)ります。だから目に感情が宿るのではないかと、水中撮影にトライしたのです。
直樹
映画でもその場面がありました。
水中撮影のチャンスが来るまでさらに3年かかりました。今度は鯨の背中につかまって撮る、命がけの撮影になりました。これでラマレラの鯨漁は撮り切ったと思っていました。ところが、もうひとつの視点があることに気付いたのです。それがドローンによる空からの視点でした。上空からだと海の中の鯨たちのドラマが見えるんです。
石川 梵氏
写真家・映画監督
石川 梵
いしかわ・ぼん 1960年、大分県生まれ。仏・AFP通信のカメラマンを経て90年よりフリー。世界60カ国以上で「大自然と人間の共生」をテーマに撮影を重ねてきた。著書・写真集に『海人』『祈りの大地』『The Days After 東日本大震災の記憶』など。監督作品に『世界でいちばん美しい村』(1997年)。

受け継がれる伝統

鯨を自分で仕留められるのに、掟を守って仲間に譲る場面がありますね。
彼らは個々の利益よりも、和を尊ぶのです。
直樹
コミュニティーの和を乱さない文化なのですね。
映画の中で突き漁の際にある銛打ちが亡くなるという事件が起きるのですが、原因が漁の前日の夫婦げんかにあるのではないかと皆から思われ、当事者が苦しむシーンがあります。我々から見れば迷信だけれども、和を尊ぶこの村ではあってはいけないことなんですね。
直樹
捕れた鯨を皆に分け与えるシーンでは、あらゆるものが平等に行き渡る、やりとりが見て取れました。昔ながらの伝統だと思いますが、素晴らしいですね。
鯨漁は生死を賭けた闘いなだけに、教えがしっかり受け継がれてきた気がします。2010年に村を再訪した際、ある古老にこんなことを言われました。「最近の若いやつはお金のことばかり考えている。村人がひとつになって鯨を捕っていた良き時代の姿を若者たちに見せてやってくれ」と。当時、鯨の愛護団体が村人に刺し網を寄付し、若者たちが効率の良い刺し網漁に夢中になっていたからです。それまで生存捕鯨の村を日本に紹介する目的で取材をしていましたが、自分の作品が現地に貢献できることに驚きました。今回の映画作りでは、ジェネレーションを超えて未来の村人たちに映像記録として伝えることも大きな役割だと考えています。
直樹
僕が通っていたミクロネシアの離島でも、エンジン付きの船を入れるかどうかという問題に直面したことがあります。その時、村の会議で長老たちは「魚を取りすぎてしまうから、あえて入れない」という決断を下しました。効率的な道具に頼らないのは科学技術が未発達だからというより、主体的に海と共存する漁を選んでいる。彼らの知恵だと思います。
刺し網漁は夜間に行われるので、翌日は疲れて鯨漁ができません。そこでラマレラでは、鯨の漁期には刺し網漁はやめようと皆で決めたんですね。刺し網でマンタや魚を取ると漁師は良くても村全体に行き渡らない。しかし鯨を取れば皆が食べていけるのです。
石川 直樹氏
写真家
石川 直樹
いしかわ・なおき 1977年、東京都生まれ。人類学、民俗学などの領域に関心を持ち、辺境から都市まであらゆる場所を旅しながら、作品を発表し続けている。『NEW DIMENSION』『POLAR』『CORONA』『最後の冒険家』『Gasherbrum II』など著書・写真集多数、数々の写真賞を受賞している。
撮りたかったのは鯨の心

提供:一般財団法人日本鯨類研究所