人々のより安心・安全で快適な生活に貢献する企業でありたい。
大豊建設は創立70年から100年企業を目指します。

技術の大豊で信頼獲得

オープンルームでの会議

「誠実と努力と技術力とを以て他を圧倒すること」。70年前の3月31日に設立された大豊建設の創立宣言に書かれている。技術者集団を率いる大隅健一社長は「どこに出しても恥ずかしくない技術で、他社から声をかけられる(なくてはならない)会社を目指してきた」と強調する。100年企業に向け本社ビルを改装、気持ちも新たに企業価値を最大化するための技術を磨き、人材を育てる。

豊満ダム

平成5年に開通した東京湾連絡橋「レインボーブリッジ」。植物を支える根のように、この吊り橋を支持し安定させている橋梁基礎は、大豊の特許技術「ニューマチックケーソン工法」で施工された。
同工法はコップを逆さまにして平らに水中に押し込むと空気の圧力により水の侵入を防ぐという原理を応用。下部に作業室を設けた鉄筋コンクリート製の箱(ケーソン)を地上で造り、作業室に地下水圧に見合う空気(ニューマチック)を送ることで水を排除して掘削し箱を沈める作業を行う。
近年の異常気象による浸水対策や地下空間利用のニーズがケーソンの大型化と大深度化へとつながり、安全や環境に配慮した同工法にますます注目が集まっている。

インタビューに答える中杉副社長

同社は昭和27年に大豊式潜函工法(後のニューマチックケーソン工法)、46年にドルフィンドック工法、59年に泥土加圧シールド工法など次々に特許を取得。工法のパイオニアとして建設業界を牽引することで地位と信頼を築いていった。中杉正伸執行役員副社長は「時代が必要とする技術を発明してきた。今も生きている。根本は変わらない」と大豊の魅力を説く。

大豊式潜函工法第1号(大渡橋地先護岸工事)
泥土加圧シールド工法1号
ドルフィンドック

社名の大豊は満州国(当時)の第二松花江に建設された巨大ダム「豊満ダム」に由来する。外地の巨大ダム建設工事で活躍した土木技術者集団が戦後引き揚げて起こした会社がルーツだ。建築事業が成長した今、土木事業との車の両輪経営を確立した。
創業世代が築いた「技術の大豊」を次代に引き継ぐため、新たな開発拠点「新機材センター」(茨城県阿見町)が本格稼働。ケーソン工法などの独自技術の進化と新たな工法の開発に挑む。創業時から育まれてきたチャレンジ精神が大豊ブランドを高める。

技術の継承・進化に挑む

シールド現場に立つ鈴木作業所長(左)

多発するゲリラ豪雨などによる浸水被害を防ぐため東京都は、江東区の地下30mに直径6mという巨大下水道トンネル工事を進めている。施工しているのは大豊建設で、技術力と施工実績が認められた。
延長4.2kmの途中に3本の鉄道が走り、中でも東京メトロ東西線とはわずか5mしか離れていない。鉄道の運行に支障が生じないよう神経を使うほか、深度により変わる土質や、急に現れる地中障害物に対応する現場力が求められる。

江東幹線工事

難工事で活躍しているのが同社の得意とするシールド工法だ。前面にカッターを備えた円筒形の機械で地中を掘りながら、その後ろでブロックを組み立てることを繰り返してトンネルを造っていく。
現場を仕切る鈴木高広・江東幹線シールド作業所長は「深い場所になるほど施工が難しくなる。いろいろな地層や想定外のトラブルにも遭遇するが、技術的に対応できる我々の出番」と言い切る。豊富な施工ノウハウは他社を寄せ付けず、関係機関から技術的な意見を求められることも増えた。「技術者冥利に尽きる」とプロのプライドをのぞかせた。

インタビューに答える鈴木高広作業所長

鈴木氏は大学で土木工学を専攻、大豊の得意分野の技術を極めたいと平成7年に入社。熱意が認められてシールド現場ほぼ一筋で25年になる。
土木は経験工学といわれる。トンネルを掘り進める中で分かることだが、計算通りにいかないことが少なくない。意図しない出来事に対応できるようになるには、先輩に答えを教えてもらうのではなく、自ら答えを導き出すための考え方が大切になる。
入社4年目に当時の現場所長だった大隅健一社長から教えられた。若手にはこうした考えを理解し身に付けてほしいと人づくりに励む。大切なのはコミュニケーションで、押しつけではなく相互理解による育て方改革に励む。
一方で技術の継承・進化にも挑む。古き良きレガシー(遺産)を残しつつ、時代のニーズに合わせて「変わり続けることが重要」と説く。人工知能(AI)やICT(情報通信技術)を積極的に採用するとともに、現場の創意工夫で「独自技術の開発につなげたい。技術を生み出すのが大豊」と将来を見据える。

建設小町が活躍する

リケジョの2人

建設会社で働く女性「建設小町」の活躍の場が広がっている。「土木は男の仕事。女性は入ってはいけない」といわれたトンネル工事のほか、営業や設計の現場にも登場。女性ならではのきめ細やかな提案で現場改革が進む。
大豊建設初の女性営業職が生まれたのは平成29年4月。大学で建築学科に進み、入社時に技術職を希望したが叶わなかった森川紘子さんだ。東京建築支店建築営業部に所属し、「相手の気持ちを考え一緒に悩み、打開策を提案する」姿勢が実り、配属半年で2件の大型受注に成功した。
工場などであらかじめ生産されたコンクリート製品を現場で組み立てて設置するPC(プレキャスト)工法が、工期短縮やコストダウンにつながるため顧客に認められると注目。PCで業界をリードする会社と信頼関係を築き、同社の新工場建設を請け負うだけでなく、顧客を紹介され受注につなげた。
森川さんは「同社工場で生産したPCを受注した物件に出荷したいという夢が叶った」と笑みを浮かべる。

インタビューに答える東京建築支店建築営業部第一営業課森川さん

「若い人が『ここで働きたい』と思うカッコイイ空間を意識した」
創立70周年を機に改装した本社ビルのデザイン設計を担当した同支店建築設計部の平山麻子さんは出来栄えに胸を張る。エントランスや会議室フロアは天井や壁をグレーに統一、間接照明などを採用して今までのオフィス環境とは全く違った空間づくりに知恵を絞った。

インタビューに答える東京建築支店建築設計部第一営業課平山さん

大学で建築を学んだリケジョ(理工系女性)だが、入社当初は大阪支店の設計とは異なる部署で勤務。しかし建築設計にどうしても携わりたくて、一念発起して一級建築士の資格を取得、念願の部署に配属された。「チャレンジの気持ちをアピールすれば応援してくれる」と話す。
洗練されたデザインが顧客に認められ、首都圏の注目物件を多数手がける。「デザインが形になると感動する。地図にも残る」と目を細める。
2人とも育児・家事と仕事の両立という忙しい毎日を送りながら、女性視点を盛り込んだ提案で「技術の大豊」を支える。森川さんは「女性の活躍を後押しする環境が整っている。その感謝の気持ちを忘れてはいけない」と口元を引き締める。

中央運輸岩槻メディカルターミナル
大豊ビル・リフレシュルーム
大豊ビルオフィス
大豊ビル・会議室
大豊ビル
大豊ビル・エントランス

人材の確保と育成に注力

インタビューに答える大隅健一社長

大豊建設は3月31日、創立70周年を迎えた。この間、特許技術のニューマチックケーソン工法とシールド工法を武器に建設業界で確固たる地位を築いた。100年企業に向けて大隅健一社長は「得意技術を生かすことができる人材の確保と育成が重要になる。そのために大豊の魅力を積極的に情報発信していく」と意気込む。

「技術の大豊」を掲げてきた

「技術に立脚し、技術に裏打ちされた会社としてスタート。パイオニアでもある2つの得意工法を柱に、確かな技術で社会のニーズに応えてきた。他社より秀でる技術を武器に、大きなプロジェクトには声をかけてもらっている。最近はゲリラ豪雨など災害が頻発しているが、浸水対策として有効な地下貯留施設(一時的に雨水をためる施設)など防災関連工事が増えており、我々の技術が生きる」

出番が増える

「土木は地下工事が多い。しかも大深度、大断面になっている。40mより深い地下に造られる立坑工事にはケーソン工法、トンネル工事にはシールド工法が期待されている。ケーソン工法は地下に構造物を造るときに有効で、ポンプ場や橋梁基礎に加え多様なニーズに対応している」

竹橋ホテル東急四ツ谷ビル
建築部門は

「土木事業に匹敵する規模に成長、今では売り上げの半分を占める。まさに車の両輪で、最近は物流倉庫やホテル、商業施設、学校など多分野で仕事を任されている」

100年企業に向けた取り組みは

「大豊ブランドでもある2つの得意工法を継承していくために技術者が必要であり、若い人材を育てる。技術を前面に出しながら働きがいがあり、夢を持てる会社をアピールして人材を確保する。女性を『建設小町』として呼び入れたい。頼もしい女性も働いており、近い将来には作業所長に就くと期待している」

人材確保のために課題は

「知名度の向上に尽きる。70周年を機にアピール、100周年時には売り上げを現状の1500億円規模から2000億円に引き上げたい。資格が厳しくなる東証1部の生き残りをかけ技術者集団として必要とされる会社を目指す」

大隅健一

おおすみ・けんいち
宇都宮大学 農学部 農業開発工学科卒。昭和49年大豊建設入社。平成20年執行役員、取締役常務執行役員、同専務執行役員、同執行役員副社長などを経て29年6月から現職。67歳。埼玉県秩父市出身。