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東日本大震災10年

あの日から、これから
朝日が一本松を照らす
 大切なあの人、思い出のわが家、お気に入りの場所が、10年前の3月11日、失われた。
東日本大震災から、10年。
 「10年ひと昔」という言葉がある。あの年、生まれた子は小学生になり、小学生だった子は社会の荒波にもまれている。でも、まだ、津波にのまれた街ではかさ上げ工事が続き、放射線量が高く住めない町もある。誰にもひとしく、10年はたった。だけど、止まったままの悲しみも、めまぐるしい成長も、その歳月の流れや密度は人それぞれだ。10年。前に進んだって、立ち止まったって、振り返ったって。ただ、あの日、あのときを「昔」で片づけてしまわないように。
福島県双葉町の学校の教室

福島県双葉町の学校の教室には、
いまもランドセルが残されていた

記事一覧
それぞれの10年

1万5000人を超える人命が失われた東日本大震災。奪われたのは命だけではない。
あきらめた夢も、ついえた希望もあった。
それでも…。あの日から、もうすぐ10年。
それぞれの歳月に耳を傾ける

先生の写真
娘が愛した石巻へ、夢育む文庫 犠牲になった米国人教師の父
 

 宮城県石巻市の万石浦(まんごくうら)小学校。図書室の子供たちが英語の本に触れる。1345冊からなる「テイラー文庫」。あの日まで、この小学校で外国語指導助手(ALT)として英語を教えていた米国人のテイラー・アンダーソンさん=当時(24)=を記念した文庫だ。

 平成23(2011)年3月11日。小学校は大きな揺れに襲われた。テイラーさんは子供たちを高台に避難させ、保護者が連れて帰るのを見届けた。その後、自転車で自宅に向かい津波にのまれた。

 厚生労働省のまとめによると、東日本大震災で犠牲になった外国人は41人。このうち、米国人はテイラーさん1人だけだ。

 米バージニア州出身。小学生のころ、日本の文化を学び、日本が好きになった。中学や大学でも日本語を学んだ。…

MAN WITH A MISSION
縁と「おいしい」の言葉に支えられ 南相馬市のコメ農家、豊田寿博さん
 田植えの春は緑。稲刈りの秋は黄金色。そして、次の田植えのために張った水が湖のように広がる。田んぼは四季折々の表情を見せる。だが、東京電力福島第1原発事故後、田んぼから色が奪われた。…
川崎杏樹さん
「防災 伝えた10年」 やってきたことが生きた。「奇跡」ではない 川崎杏樹さん(24)
 「防災教育が震災でどう生きたのか、話したいと思います」
 新型コロナウイルス禍。対面で伝えられないのがもどかしい。画面の向こうにいる大阪の小学生に語りかける。暗くなりすぎず、重くなりすぎず。それでもしっかりと。…
熊谷浩典さん
復興アニメの舞台 ファンに支えられ 熊谷浩典さん(52)
 「作品のゆかりの地に来られてよかった」「一刻も早い復興を願います」。
 東日本大震災で津波被害を受けた宮城県気仙沼市。中心街の魚町(さかなまち)地区にある老舗旅館「大鍋(おおなべ)屋」の「交流ノート」にはメッセージが並ぶ。震災をきっかけに生まれたアニメを愛するファンがつづる。…
鈴木康二さん
「伝説のサーファー」波に乗り、海へ歓声取り戻す 鈴木康二さん(65)
 東の空がオレンジ色に染まり、穏やかな朝を迎えた。福島県南相馬市の北泉海岸。地元では“伝説のサーファー”と呼ばれる。ドライスーツにヘッドキャップ。冬のフル装備で波に乗る。10年前の夏、東日本大震災の津波と東京電力福島第1原発事故後、近づく人がほとんどいない海で、真っ先にサーフィンを再開した。以来、年間200日以上は海に入る。…
佐藤敏郎さん
語り部 沈黙する校舎で命と向き合う 佐藤敏郎さん(57)
 「もの言わぬ語り部」。災害を今に伝える遺構は、こうたとえられる。平成23年3月11日、児童と教職員84人が犠牲となった宮城県石巻市立大川小学校も震災遺構としてこの春、公開が始まる。…
坪倉正治さん
医師の視点 確かなデータ、健康守り続ける 坪倉正治さん(39)
 「浜通り」
 福島県沿岸部を指す、福島の言葉。関西出身で、震災前はなじみがなかった。それが今では、日常の一部になっている。東京電力福島第1原発事故の起きたこの地域の病院で、非常勤の医師として週の半分を過ごし、週末に東京の自宅に帰る生活を10年近く続けてきた。昨年、福島県立医大の教授に就任し、新たな活動の「拠点」を福島市に構えた。…
橋上武司さん
地域と走る復興のシンボル 橋上武司さん(53)
 1両編成の列車が太平洋沿いの街を走る。
 「進行方向左側にハイペ沢が見えます。こちらの海岸は大津波により津波石が打ち上げられました」
 アナウンスすると、列車は2分ほど停車した。車掌のいないワンマン運転。発着時間は厳守だが、乗客への心配りも業務のうちだ。…
宮下奈月さんのイラスト
避難所で描いたママ 夢の原点 宮下奈月さん(19)
 校庭で小学生が野球に興じる。青い空に白球が鮮やかなコントラストを描く。元気な声が響く。宮城県名取市の館腰(たてこし)小学校。穏やかな2月の光景だ。
 10年前。ここには家を失った名取市閖上(ゆりあげ)地区の住民たちが、着の身着のまま身を寄せ合っていた。校庭には自衛隊の炊き出しテントが立ち並び、迷彩服の自衛官や自治体の職員がせわしなかった。…
山本敦子さん、吉田知成さん
古里再生支えたい 地元に戻り家業継いだ山本敦子さん(49)、吉田知成さん(45)
 平成23年3月、東日本大震災による津波の影響で大事故を起こした東京電力福島第1原発が立地し、今も住民避難が続く福島県双葉町。町の老舗商店「伊達屋」も原発事故で休業を余儀なくされたが、姉弟が地元に戻り事業を再開した。…
森松明希子さん
自主避難 被曝避け、命守る権利 森松明希子さん(47)
 目に見えない脅威に突然奪われた日常。コミュニティーや意見が分断され、感染者や自粛で苦しむ人たちが「自己責任」とバッシングされる。
 「私たちが10年前から感じ、経験した構図と同じ。だからこそ自分自身が持っている権利と、命の守り方を考えてほしい」…
森松明希子さん
修羅場も村民のため耐えた 飯舘村前村長・菅野典雄さん(74)
 24年間、村長室にかけていた「公正無私」の掛け軸を昨年10月に下ろした。今は執筆活動を始めている。書くことは山のようにある。誰も経験したことのないような原発事故に村長として立ち向かったのだから。…
縁

命を奪い、財産を奪う災害。
そこから、人を立ち上がらせ、強くさせるものは人とのつながりだ。
災害に紡がれて、結ばれた「縁」の物語。

渡辺謙さん
気仙沼のカフェを拠点に復興を見つめ続ける俳優、渡辺謙さん
 「句点(。)ではなく、ほんのちょっとした読点(、)でしかない。被災地の現状を知れば知るほど、ここで区切りを打って終わり、ということではないんだと感じる」東日本大震災から、3月11日で10年。俳優、渡辺謙はこう言葉を選ぶ。…
MAN WITH A MISSION
MAN WITH A MISSIONと平学さん 「使命を持った男」たちの被災地にかける思い
 オオカミの叫びが夕闇を切り裂いた。「福島の、みなさーん、お待たせいたしました! We are…跳べー!」ギターとベース、ドラムの重低音が響く。5匹のオオカミに導かれるように、仮設ステージ前の人波がうねる。…
いいたて希望の里学園
あきらめず、前向く 孤高の村に贈る歌
 学び舎の目印は三角屋根の時計塔。しんしんと降る雪のなか、子供たちの声が聞こえる。福島県飯舘村に昨年4月、小中一貫の義務教育学校「いいたて希望の里学園」が開校した。…
ホテル観洋の女将、阿部憲子さん
被災の爪痕を残す遺構は雄弁な証人
 街が復興へ歩みを進めると、被災の爪痕を残した建物や家屋は姿を消す。「震災遺構」。いわば「物言わぬ証人」だ。約26年前のあの日。変わり果てた神戸の街、その最も被害の大きかった神戸市長田区の一角に…
NPO法人「よろず相談室」理事長の牧秀一さん
「なんとなくそばに」阪神から東北へ 広がる支援の輪
 26年前、神戸を襲った地震は多くの命を奪った。その後、がれきに覆われた街で、新たな人のつながりを生んだ。阪神大震災が発生した平成7年は「ボランティア元年」と呼ばれる。…
御巣鷹山での慰霊登山に参加し、シャボン玉を吹く丹野祐子さん
未来の姿、重ねる出会い 宮城・閖上の丹野祐子さんと日航機墜落事故、連絡会の美谷島邦子さん
 流れる汗をぬぐい、濃緑を進む。海沿いの街で暮らしてきたから、夏には慣れっこ。だけど、この深い森には慣れることがない。ふと、感じた。「山は生きている」…
きっかけ食堂京都の武田彩代表
きっかけ食堂 コロナ禍もオンライン交流で東北との縁つなぐ
 東日本大震災から9年9カ月たった昨年12月11日夜。乾杯の発声に、画面の中の20人ほどが、一斉にヨーグルトを掲げた。オンライン会議システムを使った「きっかけ食堂」の開店だった。…
復興日本

3月11日で東日本大震災から10年。
「復興日本」第1部では、被災地の現状と、そこからみえてきた課題を探る


想う

東日本大震災から、3月11日で10年。あの日と、これまで、そして、これから―。さまざまな分野で思いを寄せる人に話を聞いた

被害状況

死者・行方不明者数

 岩手、宮城、福島3県を中心に1万5899人もの尊い命が犠牲となり、2527人が行方不明となった

死者数

避難者数

 ピーク時に47万人にも上った避難者数は4万人台まで減少した。だが、東京電力福島第1原発事故による被害を受けた福島県では、現在も7市町村で帰還ができない地域があり、約3万7000人が避難生活を送る。

避難者数

関連死者数

 長期の避難生活によるストレスなどで体調を崩す人も相次ぎ、福島県の震災関連死は震災による直接の死者を超え、2313人にも上る。

関連死者数

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