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熊本地震5年

熊本城の空撮写真

未来へつなぐ

熊本地震5年

震災の犠牲者
※熊本県危機管理防災課まとめ
令和3年3月12日時点
死者273人
(うち災害関連死者223人)
死者
273
住宅全壊
8,657
住宅半壊
34,493
一部破損
155,212
熊本地震の震源地マップ
被災直後の熊本城 被災直後の熊本城 道路が寸断された益城町 寸断された益城町 九州新幹線も止まった 九州新幹線は脱線 救援物資を求める学校 救援物資を求めて 倒壊した住宅 車が避難所だった

 直接死、関連死を合わせた死者は273人、観測史上初めて2度の震度7を記録した熊本地震は、発生から5年の節目となる。
 甚大な被害を受けた熊本城は、間もなく天守閣の一般公開が始まる。昨年は豪雨災害に見舞われた熊本。復興はゆっくりだが、着実に進んでいる。

熊本県のイラスト
アパートが倒壊した現場写真

強い揺れでアパートも倒壊した(南阿蘇村)

2度襲った震度7

 平成28年4月14日と16日、熊本を2度の震度7が襲った。同じ地域で震度7を2度観測したのは史上初の事象だった。
 1度目は4月14日午後9時26分。マグニチュード(M)6.5の「前震」と呼ばれた。16日午前1時25分には、より大きなM7.3の「本震」が起きた。その間、わずか28時間。前震で避難しながら帰宅し、本震で犠牲になった人もいた。

避難所では車中泊が多く見られた

校庭には避難者の車が埋め尽くす(益城町)

熊本地震は前震と本震の2回訪れた

 熊本県のまとめによると、県内で最大18万3882人が避難所に身を寄せた。車中避難者も増加した。

平成28年4月16日の土砂崩れが起きた南阿蘇村

土砂崩れが起きた南阿蘇村
(平成28年4月16日)

熊本県のイラスト

よみがえる熊本城

 慶長12(1607)年に築城の名手と名高い加藤清正が築いた熊本城。明治初頭の西南の役で天守閣を焼失したが、昭和35年に市民からの寄付などで現代的な工法で再建された。
 熊本地震では、櫓(やぐら)など33棟が被害を受け、石垣の約1割が崩落。瓦が落ちた天守閣の無残な姿に市民は涙した。

熊本城の見取り図

天守の復興状況

平成28年5月11日の崩れた石垣と天守閣

平成28年5月11日

下向き矢印
平成30年の熊本城天守

平成30年2月4日

下向き矢印
令和2年の熊本城天守

令和2年11月25日

下向き矢印
令和3年4月の熊本城天守

令和3年4月3日

 あれから5年。天守閣は復興の象徴として、異例のスピードで工事が進んだ。崩れ落ちそうな飯田丸五階櫓(いいだまるごかいやぐら)を支えた「奇跡の一本石垣」は櫓ととともに解体され、復旧の時を待つ。

飯田丸五階櫓

平成28年4月の飯田丸五階櫓

平成28年4月27日

右向き矢印
令和2年の飯田丸五階櫓

令和2年11月15日

北十八間櫓

北十八間櫓

平成28年4月22日

右向き矢印
北十八間櫓

令和2年11月15日

熊本県のイラスト

「復旧を見届ける」

下高大輔さん

 文化財の価値を守りながら、どう次の災害に備えるのか。熊本城の復旧には、滋賀県彦根市職員として彦根城保護を担った下高大輔さん(39)が携わる。幅広い知見を生かし、これまでも熊本城の石垣の解体調査などに尽力してきた。迷った末、「最先端の復旧を見届けたい」と昨春、熊本市職員に転身した。

飯田丸五階櫓石垣の復旧にあたる下高大輔さん

飯田丸五階櫓石垣の復旧にあたる下高大輔さん(左)
※熊本城調査研究センター提供

熊本県のイラスト

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