PR

聖火が照らす被災地

聖火がらす被災地

-東日本大震災9年-
トップ画像 トップ画像

 「復興五輪」を理念に掲げる2020年東京五輪・パラリンピックの開幕が近づいている。東日本大震災と東京電力福島第1原発事故で甚大な被害を受けた福島、宮城、岩手の3県を聖火リレーでつなぐ。五輪は被災地の復興にどのような効果をもたらすのか。被災地のいまを追った。

クリックで各項目にジャンプします

福島県 (3月26~28日)

福島県聖火ルート

 東京電力福島第1原発事故により、現在も7市町村で避難指示が続き、4万1千人以上が避難生活を送る。福島市の県営あづま球場で五輪の野球・ソフトボールが開かれる。原発事故の対応拠点となり、昨年全面再開したスポーツ施設「Jヴィレッジ」を皮切りに県内26市町村の約50キロを58人のランナーが走る。

当時といま

ー 写真編 ー
Jヴィレッジ地図
Jヴィレッジ写真1
2011
Jヴィレッジ写真2
2019

(上)コンクリートが敷かれ、原発事故の対応拠点となったJヴィレッジ

(下)芝が敷き直されたピッチでサッカーを楽しむ子供たち

福島富岡
富岡写真1
2013
富岡写真2
2020

(上)使われなくなったJR富岡駅のホームで防護服に身を包んだ女性が海を眺めていた

(下)運行が再開され、復興が進む富岡駅

富岡写真1
2014
富岡写真2
2020

(上)居住制限区域(当時)に伸びるJR常磐線の線路。雑草などが生い茂っていた

(下)3月14日、富岡(富岡町)~浪江(浪江町)で運行再開し、全線が復旧する。再開を前に訓練運転の列車が通過する

当時といま

ー データ編 ー

福島県の震災による被害

福島の被害表

人口

福島人口

避難者数(県内避難と県外避難者)

福島避難者

仮設住宅数

福島仮設住宅

福島市の放射線量

福島放射線量
目次に戻る

岩手県 (6月17~19日)

岩手県聖火ルート

 沿岸地域を中心に甚大な被害を受け、約5800人もの尊い命が犠牲となった。NHKの連続テレビ小説「あまちゃん」で有名になった沿岸部を走る第三セクター 「三陸鉄道」は昨年の台風19号で再び被災。復旧が進められ、鉄道での聖火リレーも行われる。県内28市町村の52.16キロ(三陸鉄道も含むと64.86キロ)を75人のランナーが走る。

当時といま

ー 写真編 ー
宮古地図
宮古写真1
2011
宮古写真2
2020

(上)船が陸に上がった鍬ケ崎地区

(下)復興が進んだ現在の鍬ケ崎地区

大槌地図
大槌写真1
2011
大槌写真2
2020

(上)津波で2階建ての建物の上に観光船「はまゆり」が打ち上がった

(下)観光船が乗り上げた民宿。船は撤去された

釜石地図
釜石写真1
2011
釜石写真2
2020

(上)がれきが積みあがった浜町地区

(下)現在は造成が進んでいる

大船渡地図
大船渡写真1
2011
大船渡写真2
2020

(上)津波で大きな被害を受けた大船渡町笹崎の歩道橋周辺

(下)整備された現在の歩道橋周辺

大船渡写真1-1
2011
大船渡写真2-2
2020

(上)震災1週間後。津波で大きな被害を受けた大船渡市

(下)現在の大船渡市

陸前高田地図
陸前高田写真1
2011
陸前高田写真2
2020

(上)津波におそわれ、がれきの山と化した市街地

(下)がれきの山で埋め尽くされていた場所はかさ上げされ、新たな街づくりが進んでいる

陸前高田写真1-1
2011
陸前高田写真2-2
2020

(上)7万本といわれるほど砂浜沿いに並んでいた松のほとんどは津波に流され、1本のみが奇跡的に残った

(下)現在の奇跡の一本松。周辺は復興祈念公園となった

当時といま

ー データ編 ー

岩手県の震災による被害

岩手の被害表

人口

岩手人口

避難者数(避難所、仮設住宅など)

岩手避難者

仮設住宅数

岩手仮設住宅

産業の復旧状況

岩手復旧率
目次に戻る

宮城県 (6月20~22日)

宮城県聖火ルート

 最大震度7を観測。巨大な津波が沿岸部に押し寄せ、死者・行方不明者は1万人を超える。復興が進む一方で、沿岸部を中心に人口減少という新たな問題に直面している。利府町の宮城スタジアムで男女サッカー競技が開かれる。県内16市町村の約60キロを66人のランナーが走る。

当時といま

ー 写真編 ー
気仙沼地図
気仙沼写真1
2011
気仙沼写真2
2020

(上)地震、津波に加え火災にも見舞われた鹿折地区。押し流された車が線路に乗り上げていた

(下)現在の鹿折地区。JR大船渡線BRTのバスが走る

気仙沼写真1
2011
気仙沼写真2
2020

(上)鹿折地区の近くには津波で打ち上げられた漁船「第18共徳丸」が残されたままになっていた

(下)現在では、災害公営住宅などが立ち並んでいる

女川町地図
女川町写真1
2011
女川町写真2
2020

(上)津波で大きな被害が出た女川駅は跡形もなかった

(下)建築家、坂茂氏が手がけた現在の女川駅

女川町写真1-1
2011
女川町写真2-2
2020

(上)総合運動場に建設された仮設住宅

(下)解体が進む仮設住宅

東松島地図
東松島写真1
2011
東松島写真2
2020

(上)津波で水没した航空自衛隊松島基地のF2戦闘機

(下)聖火到着の日に向けて、訓練をするブルーインパルス。空に五輪の輪を描いた

東松島写真1-1
2011
東松島写真2-2
2020

(上)仙石線野蒜駅で自衛隊とともにがれき撤去作業「ソウルトレイン」作戦を行った米軍兵士ら

(下)現在の野蒜駅

当時といま

ー データ編 ー

宮城県の震災による被害

宮城県の被害表

人口

宮城人口

避難者数(避難所、仮設住宅など)

宮城避難者

仮設住宅数

宮城仮設住宅

主なインフラ復旧率

宮城インフラ復旧率
目次に戻る
目次に戻る
※2月末時点。
聖火ルートの矢印は順番を示すもので実際の経路は異なります。

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ