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「力の外交」体現のシュルツ元米国務長官 今こそ求められる「力と信頼」の英知

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大統領専用機内で話し合うレーガン米大統領(右)とジョージ・シュルツ国務長官(左、肩書はいずれも当時)(ゲッティ=共同)
大統領専用機内で話し合うレーガン米大統領(右)とジョージ・シュルツ国務長官(左、肩書はいずれも当時)(ゲッティ=共同)

 「外交の成否を左右するのは力なのです」

 6日に100歳で死去したシュルツ元米国務長官から12年前に直接聞いた言葉だ。

 東西冷戦の終結から20年となる2009年、冷戦を西側陣営の勝利に導いた当時の米政府高官らにインタビューを重ねたことがある。そのうちの一人がシュルツ氏だった。

 西部カリフォルニア州スタンフォードにあるフーバー研究所の一室でシュルツ氏は、レーガン共和党政権(1981~89年)の国務長官として84年から欧州に中距離弾道ミサイル「パーシング2」の配備を推進したことが、冷戦の勝利にいかに大きな役割を果たしたかを強調した。

 旧ソ連は何年も前から西欧諸国を射程に収める中距離弾道ミサイル「SS20」を配備済みだった。対抗策としてのパーシング2の配備は戦略的必然だったが、当時はレーガン氏を「好戦主義者」と決めつける国内外の左派世論からの反発の声が沸騰する中での配備決行だった。

 だが、レーガン氏が唱える「力による平和」を体現する、パーシング2の欧州配備を含む一連の対ソ強硬政策は、米ソの軍拡競争に疲弊したソ連を米国主導の緊張緩和路線に導いてゆくことになる。

 シュルツ氏は、米ソが競って配備を進めたパーシング2やSS20を含む中距離弾道ミサイルを禁止する中距離核戦力(INF)全廃条約の交渉を主導した。

 87年に米ソ首脳が締結した同条約に対しては当時、ソ連の意図に疑念を抱く共和党や保守勢力の一部から根強い反対があったという。だが、シュルツ氏は筆者にこう指摘した。

 「ソ連の方も米国の意図を疑っていたのです。双方の疑念を除去して信頼関係を構築していくのが私の仕事でした」

 レーガン政権下でシュルツ氏が率いた、硬軟両様の対ソ政策は最終的に、89年の父ブッシュ大統領とゴルバチョフ書記長によるマルタ会談での「冷戦終結」宣言として結実した。

 シュルツ氏が80年代以降の共和党主流派の外交路線を決定づけたのは疑いない。また、晩年は「核兵器なき世界」の実現を訴えた同氏には党派を超えて信奉者が多かった。

 プーチン大統領率いるロシア、習近平国家主席の下での中国という、核兵器を保有する2大権威主義体制が自由世界を脅かす中、「力の外交」で相手を押しつつ信頼構築の道を探るシュルツ氏のような英知がこれまで以上に求められている。(ワシントン支局長 黒瀬悦成)

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