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【一筆多論】自国第一主義ではコロナと戦えぬ 渡辺浩生

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米国民に向けて演説するトランプ米大統領=11日、ワシントン(AP)
米国民に向けて演説するトランプ米大統領=11日、ワシントン(AP)

 「われわれは、ウイルスとの戦いの重大なときにある…わたしは米国民の生命と健康、安全を守るために必要ないかなる手段を取ることも躊躇(ちゅうちょ)しない。いつも米国第一を大事にする」

 世界保健機関(WHO)が11日、新型コロナウイルスの感染拡大を「パンデミック(世界的な大流行)」と宣言したことを受け、トランプ米大統領が同日、国民に向けた演説の一節だ。

 思い出したのは2001年9月11日の米中枢同時テロの後、ブッシュ大統領が同じホワイトハウスでした演説だ。「米国と友好国、同盟国はテロとの戦いの勝利のために立ち上がる…」

 9・11はテロを世界共通の脅威と宣告した。この日は新たに、ウイルスの大流行が人命と安全、経済への世界的な脅威と認定した日と記憶されるだろう。

 新型コロナの感染者は世界の約140カ国・地域で約17万人。「人種、国籍、宗教の違いもない。極めて無差別な脅威だ」とある国際政治学者は語る。今後、保健衛生が脆弱(ぜいじゃく)な中南米やアフリカ諸国に猛威を振るう危険性は高い。

 新型コロナの大流行は「中国で始まった」とトランプ氏は演説の冒頭でくぎを刺した。

 武漢でのコロナ発生の情報は当局に隠蔽(いんぺい)され、「一帯一路」をテコに張り巡らせた巨大な経済勢力圏が事実上の媒介となった。中国の影響下にあったWHOのテドロス事務局長は、そうした中国の初期対応のまずさを封印するのに手を貸し、危険性に対する早期の警戒を遅らせたといえる。

 内には統制を強めて外には覇権を追求する習近平政権の強国路線が、感染拡大の背後にあったことを、忘れてはならない。

 米国は真っ先に中国全土からの入国禁止に踏み切ったとトランプ氏は強調し、対応が出遅れた欧州からの渡航者が米国内の感染を増やしたとまで批判した。

 トランプ氏の自信は、国家戦略に裏打ちされたものかもしれない。事実、今日のようなパンデミックを、17年の米国家安全保障戦略で「人命と経済の損失、政府機関の信任失墜をもたらす安全保障上の脅威」と位置付けてきたからだ。

 だが封じ込めの障害となるのは、トランプ氏が掲げる自国第一主義が、新型コロナより先に世界に蔓延(まんえん)したことではないか。

 テロとの戦いに疲れた米国は「世界の警察官」をやめて内向きのままだ。貿易戦争で生じた同盟国や友好国との亀裂は多国間の連携を後退させ、リーマン・ショックの際に協調行動を牽引(けんいん)した20カ国・地域(G20)は機能不全に陥った。リーダーが不在の「秩序なき世界」にパンデミックが襲ったのである。

 欧州からの入国停止を一方的に発表した演説は欧州諸国の激しい反発を招き、ニューヨーク市場は1987年以来の大暴落となった。世界的な危機において一国の身勝手な行動は全体の傷口を広げてしまう。

 トランプ氏は「米国にはかつてないほど壁が必要だ」とツイートもした。自国第一主義は各国が国境閉鎖や往来の禁止に走る原動力になろう。だが孤立主義を盾にすれば、ウイルスへの恐怖をあおって世界を不況に落ち込ませるだけだ。

 まずは治験と医療技術を共有し、人材や資金、物資を融通し合う。失われた協調と結束を世界が取り戻す以外、勝利の道はない。(外信部長兼論説委員)

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