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【新欧州分析】英MI6長官が明かす新時代の諜報活動とは

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12月3日、英スコットランドで講演するMI6のアレックス・ヤンガー長官(AP)
12月3日、英スコットランドで講演するMI6のアレックス・ヤンガー長官(AP)

 英国にコードネーム「c」と言われる人物がいるのをご存じだろうか。映画「007」シリーズのジェームズ・ボンドが所属する英秘密情報部(SIS、通称MI6)の長官である。初代長官、マンスフィールド・スミス・カミング海軍大佐が書簡の最後に「c」と緑のインクで署名するのが常で、以降、歴代長官も「c」の署名を踏襲したためだ。自分の身元情報を明かさず、人物像は厚いベールに包まれてきた。

 「私はスパイである。それ以上でもそれ以下でもない。国民がMI6が何を考え、何をしているかを知ることは死活的に重要だ。よって就任4年目で2回目の講演を行う」

 世界に冠たる情報網や分析力を誇る情報機関のトップで、現職の「c」ことアレックス・ヤンガー氏が3日、スコットランドの母校セントアンドリュース大学で大変まれな講演を行った。その内容を紹介したい。(ロンドン支局長 岡部伸)

■永遠に敵対する国家

 「英国の生活のあり方を破壊しようと狙う国家」-。最初に警戒感を示したのはロシアだった。英南部ソールズベリーで3月に起きた元ロシアスパイ襲撃事件で軍用神経剤を使用したことについて、英国の法や価値観を脅かすことを画策していると指摘、「ロシアはサイバー攻撃から軍事挑発とあらゆる手段を使ってわれわれ西側を不安定化しようとして挑発している」と強調した。

 これは、軍事演習のほかに、英国の欧州連合(EU)離脱をめぐる国民投票や米大統領選挙で偽ニュースやハッキングによる干渉を繰り返し、インフラ攻撃と軍事行動を同時に仕掛けるロシアの「ハイブリッド脅威」を英国が確認しているためだ。またロシアなどはサイバーと現実世界の間の「曖昧なボーダーライン」を狙って攻撃していると強調した。

 「スパイ交換で釈放されて英国で暮らしていた元ロシアの二重スパイを殺害しようとしたことは、冷戦時代から継続する諜報の世界の基本的ルールをロシアが破った(ことを意味する)。釈放されて亡命したスパイは懲罰を受けないという紳士協定を破った意味は小さくない」

 そして、「ロシアは、英国にとって永遠に終わることがない敵対する国家だ」と断言。ロシアに対して、英国や、機密情報を共有するアングロサクソン系5カ国「ファイブ・アイズ」(英国、米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド)など同盟国の「決意と能力」を過小評価しないよう警告した。ロシア元スパイ襲撃事件後に西側諸国が団結してロシア外交官を大量に国外追放したように「悪意ある行為には代償がともなうことを実証する」と述べた。

■ファーウェイ排除を

 ロシアの次に警戒する国として中国を挙げた。

 「基本的に権力、金、政治が東(中国)に向かっている」と中国の伸長に危機感を持つよう訴え、英国の情報通信企業に中国製品が使用されることに疑問を呈した。

 「中国政府と密接な関係にある中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の次世代高速通信システムに依存すれば、情報網を危機にさらす危険がある。とりわけ軍事関連の通信を傍受されれば、戦略が筒抜けとなって安全保障上の脅威となる」

 「英国は、中国が所有者となっている快適な技術やプラットホームについて断固たる決断をしなければならない」と述べ、次のように主張した。

 「(ファイブ・アイズの仲間である)米国、オーストラリア、ニュージーランドと足並みをそろえて英国も次世代通信規格『5G』導入にあたり、国家安全保障上の懸念からファーウェイ参入を排除すべきだ」

 また、「英国ではすでに電話通信ネットワークの一部に『5G』が使用されているが、本格導入されると、ファーウェイの技術を監視することが困難になるため、すでに暗号を解読する英国の情報機関の政府通信本部(GCHQ)が試験的にチェックしている」と打ち明けた。

 その上で、「中国政府のデータ保護のアプローチは、われわれが考えられない規模で、彼らが利用者のデータを抜き取り、操作できることを意味する」と警戒を呼び掛けた。

■基本はヒューミント

 「サイバー攻撃の脅威が拡大している」。挙げたのは中国、ロシア、北朝鮮だった。

 ロシアがウクライナ侵攻の際に仕掛けた「ハイブリッド脅威」が英国の安全保障を脅かしているとして、「MI6は第4革命のハイブリッド時代にふさわしい第4世代のインテリジェンスに進化させている」と語り、現在は、(1)第一次大戦後の戦間期(2)第二次大戦と冷戦期(3)米同時多発テロ以降-に続く第4世代にあたると指摘した。

 そこでMI6はかつてなく英情報局保安部(MI5)、GCHQ、英国家サイバーセキュリティーセンター(NCSC)、さらにファイブ・アイズ諸国の情報機関などと連携してサイバー空間でパイオニアとなるよう技術革新に挑んでいることを明らかにした。

 MI6が目指すのは「旧来のヒューミントと呼ばれる人間による情報収集活動に人工知能(AI)やロボットなど最新技術を結合させた新たな諜報活動」だと言い切った。

 MI6が危機感を抱くのは、デジタル全盛時代に英国では、2014年開設した調査報道サイト「ベリングキャット」(危険を冒して猫の首に鈴を付けるという意味)などの民間メディアが、公開情報を収集・分析して機密情報に迫る「オシント」(「オープンソース・インテリジェンス」の略)手法をジャーナリズムに導入して次々に成果を上げているためだ。

 「ベリングキャット」がロシア元スパイ襲撃事件で、公開されたパスポートなどからロシア軍参謀本部情報総局(GRU)の腕ききの大佐と軍医の犯行であることを突き止めたことは記憶に新しい。またフォレンジック調査といわれるデジタル鑑識で国際サッカー連盟(FIFA)の不正などを暴いたジャーナリストもいる。

 情報のプロである情報機関こそ、デジタルに習熟していち早く機密情報を入手する必要がある-。だからこそ、「(従来のような)オックスフォード大やケンブリッジ大卒の秀才のみならず、サイバー先端技術に習熟した人材こそ必要だ」と訴えた。

 一方でヤンガー氏は、時代が変わっても「情報活動の基本はヒューミント(人間を媒介とした諜報活動)」だとも強調。自身が、1990年代半ばにコソボ紛争で大量虐殺が行われていたバルカン地方に身分や名前を偽って潜入して土地の人たちと土地の酒を酌み交わし、信頼関係を築き、機密情報を次々と入手して虐殺を防いだ経験を初めて明かした。

 「どこの出身であるかは問題ではない」と、多種多様な出自や経歴を持った若者にMI6に加入するよう呼びかけた。MI6は、この数年間で多様性に富む職員を3割増員し、職員数を約3500人にする計画だ。

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