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【正論3月号】慰安婦問題で日本を批判してきた韓国がウソ謝罪碑を復活させた本当の理由 大高未貴

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「慰安婦」日韓合意

慰安婦問題で日本を批判してきた韓国がウソ謝罪碑を復活させた本当の理由 大高未貴

正論3月号更新
平昌五輪のスケート競技などが行われる江陵五輪公園からわずか数キロの所に設置された慰安婦像 =1月29日、韓国・江陵(早坂洋祐撮影) 1/5枚

※この記事は、「正論3月号」から転載しました。ご購入はこちらへ。

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 韓国がまた虚しい嘘の上塗りを行った。朝日新聞などに、日本による慰安婦狩りのウソ証言をした故吉田清治氏が韓国内に建てた「謝罪碑」が、昨年3月、せっかく日本人有志によって「慰霊碑」に修正されたのに、これを復活させ、この碑の脇に吉田証言を正当化する「説明板」まで設置していたのだ。

 元自衛官の奥茂治氏(69)が昨年12月初め、韓国中部、天安市の国立墓地にある碑を確認しに訪れた際、発見した。夏以降に設置したとみられる。奥氏は3月、吉田氏の長男から「父の偽証が日韓友好を妨げている」という依頼を受け、国立墓地の碑に別の石板を貼りつけ、謝罪碑を「慰霊碑」に修正した張本人である。奥氏は韓国の出頭要請に応じ、再訪韓して一時拘束。出国禁止のまま公用物損傷などの罪で起訴され、今年1月11日、懲役6月執行猶予2年の判決を受けた。奥氏の怒りに関しては後述するとして、まず韓国側によって新たに作られた説明板の全文を紹介する。

 『「挺身隊蛮行」を証言するためにソウルを訪問した吉田さん』と題されている。

 《日本人ヨシダセイジ(吉田清治、2000年に死亡)は、太平洋戦争当時の1943~1945年、日本の山口県労務報国会下関支部で動員部長として在職し、慰安婦女性など、朝鮮人6000人を強制連行する任務を行った。

 1983年、自分の戦争犯罪行為を認めて、懺悔する内容の自叙伝“私の戦争犯罪‥朝鮮人強制連行”を著述し、その印税収入の一部を謝罪碑の設置費として支援した。

 吉田清治は、日本の在日大韓婦人会に謝罪碑の設置に必要な協力を要請し、在日大韓婦人会は韓国の中蘇離散家族会にこれを伝えた。中蘇離散家族会は保健社会部 (現・保健福祉部)から謝罪碑設置の許可を得て、1983年12月15日に強制徴用で亡くなった無縁故合掌墓地に謝罪碑を設置した。

 当時、吉田清治は除幕式に参加して謝罪碑内容を朗読し、多くの参加者の前でひざまずいたし、参加者たちは罪人は伏せて祈願しなければならないと言って、謝罪碑も縦で立てないようにし、寝かして設置するようにした。  ところが、2017年3月吉田清治の長男は、父親の証言が偽証であると言って、日本自衛隊の自衛官だったオク・セキハルに依頼して謝罪碑の上に、他の表示石を貼り付けて勝手に慰霊碑として無断で切り替えた。  吉田清治の証言に対する偽証議論が今なお存在し、謝罪碑を慰霊碑に切り替えることで蛮行を隠そうとしても、日本がわが民族を強制徴用し、蛮行を犯した行為は変わらない事実である。

 2017年4月、無断で毀損された謝罪碑を復旧しながら 国立望郷の丘の管理員》

 わざわざ「中蘇離散家族会は保健社会部から謝罪碑設置の許可を得て…謝罪碑を設置した」と書いているのは、碑は吉田氏個人が建てたものではなく、公用物だから、たとえ奥氏が吉田氏の長男からの依頼で修正したとしても、それは公用物損傷罪に当たるという、韓国側の主張の強調だろう。そして謝罪碑の原板が復活している。

 《あなたは日本が侵略戦争の際、徴用と強制連行によって、強制労働の屈辱と苦難の中で家族と故郷を偲びながら貴重な命を奪われました。私は徴用と強制連行を実行指揮した日本人の一人として、非人道的なその行為と精神を深く反省し、ここで謝罪するところです。私は死後も貴方たちの魂の前で 拝●(=巧のつくり)して謝罪し続けます。 元勞務報國會徴用隊長 吉田清治》

なぜ偽証碑にすがりつく?

 慰安婦問題で日本を批判してきた韓国は、この1月9日には日韓合意に関して再交渉は求めないものの、「日本は名誉回復努力を」などと再度、問題を蒸し返している。原板にも説明板にも、特に慰安婦問題での謝罪とは書かれていないが、注目すべきは『「挺身隊蛮行」を証言』という表現だ。挺身隊と慰安婦とは全く無関係なことは日本のみならず韓国の学会でも明らかだが、慰安婦問題で対日批判の急先鋒である挺対協(韓国挺身隊問題対策協議会)が、いまだに団体の正式名称を変えない。

 挺対協は、日韓分断を目論む北の工作機関と指摘されており、韓国国内はもとより、世界中に慰安婦像を建てている団体だ。文在寅大統領は1月、挺対協代表や慰安婦たちと昼食をとり、過剰なまでに挺対協を優遇した。日韓合意を締結した前政権へのアンチテーゼであり、対北融和政策であろうが、同時に、対日関係で「挺身隊」を恣意的に利用しようという企みが透けて見える。

 早稲田大学の有馬哲夫教授の解説によると、米国で慰安婦問題はCIA文書「ナチス戦争犯罪・帝国日本政府情報公開法関係文書」で取り扱われ、ナチスドイツの蛮行と同一視されているという。

 《ナチスの強制収容所は強制労働施設であり絶滅施設であると同時に「軍事売春所」でもあった。(略)女性達は奴隷狩りのように集められ、収容所は軍事売春所に入れられドイツ兵の相手をさせられた。(略)ナチスの場合は「軍事売春所」と絶滅施設の犠牲者はかなり重なる。これはなぜドイツには「慰安婦問題」がふりかからないのかという理由の一つになっている。死人に口なしなので、カミングアウトして証言することも「償い金」を請求することもできないのだ。アメリカの国会議員や政府の一部は、ナチスと日本軍の違いがよくわからないために、歴代首相が「慰安所」を設置したのは日本軍であり、「強制もあった」と認めると、どうしてもナチスの強制収容所、強制労働施設、絶滅施設と同じイメージでとらえてしまう》

 アメリカは1970年代以降、戦争犯罪者になんらかの形で制裁を加えようとする底流がある(現トランプ政権では未定)。

 《偶然にも、挺身隊問題対策協議会は「慰安婦」を「挺身隊」という名目のもとに集められたいわば「性奴隷」、「慰安所」をいわばその「強制収容所」であるかのような主張をしている。これは歴史的事実としてはもちろんまったくの誤りだが、「慰安所」をドイツの強制収容所ないし強制労働施設として位置づけたいというアメリカ側の注文に見事に一致する》(有馬哲夫「CIA文書公開で判明『慰安所』はナチの収容所と同一視されていた」『新潮45』2017年6月号)

 ナチスの蛮行と慰安婦問題を重ねあわせるとはひどい話だが、説明板に新たに登場した『挺身隊蛮行』という表現は、韓国が今後もアメリカの反応を一つのバロメーターとし、国際社会において戦略的な反日プロパガンダを展開するための重要な布石として記載されたものであろう。だとすれば日韓合意に反する行為に他ならない。

 吉田氏の長男はこう言う。「謝罪碑は、父が『印税を投じて建てた』と朝日新聞が報じています。私も奥さんも父の謝罪碑が韓国の公用物であると認識していたら、あのような形で書き換えはしなかったと思います。しかし、あの朝日新聞ですら虚偽と認定した父の証言や肩書きを、よくもまあ復活させたものだと。それに彼の名前はセキハルさんではなく茂治さんですから、杜撰極まりない。日本では考えられないミスですが、どのみち虚偽の復活ですから…」

 それにしても隣国はいつまで、虚偽にまみれた吉田証言にすがりつくつもりなのか。

吉田清治を操った点と線

 韓国側は謝罪碑を公用物と主張する一方で、説明板には「吉田清治は、日本の在日大韓婦人会に謝罪碑の設置に必要な協力を要請し、在日大韓婦人会は韓国の中小離散家族会にこれを伝えた」とあり、吉田氏の主体的な意志を強調している。

 朝日新聞は「(吉田さんは)『日本人の謝罪碑』建立を考えるようになった。韓国側の橋渡しは、知り合いの要順姫・在日本大韓民国婦人会中央本部会長らの協力で順調に進んだ」(要順姫は誤植で、実際には1979年~1987年、民団中央本部会長を務めた大阪出身の●(=褒の保を非に)順姫氏と思われる)と1983年に報じているが、説明板では「協力」から「協力を要請し」と、より吉田氏の意志を強調。「あくまでも日本の吉田清治が主体的に謝罪碑建立を望み、韓国の●(=褒の保を非に)順姫は受動的に動いた」という構図にしている。吉田氏の長男に再確認したところ、腑に落ちない様子だ。

 「定職にもつかず生活費も事欠く状態だった父が、民団の婦人会会長に謝罪碑建立を何故“要請”しなければならなかったのでしょうか? 韓国謝罪の旅と謝罪碑建立費用を全て印税の一部で賄えるほど父は著名なベストセラー作家でしたか?」

 結局、韓国側は、さして意志のなかった吉田氏を操って謝罪碑を建立させたことを隠そうとしているだけではないのか。私が、こう推測するのには理由がある。橋渡し役の●(=褒の保を非に)順姫氏は、民団HPで「80年代半ば、指紋押捺拒否運動の先頭に立ち、マスコミから『最も戦闘的な団体』と評された」と紹介されているが、指紋押捺拒否運動といえば、宋斗会氏という在日活動家が有名だ。「大分の青柳敦子は、医者の奥さんで、在日韓国人の宋斗会という差別反対運動家に私淑していた。青柳は宋と組んで、日本政府を相手に謝罪と補償を求める裁判を始めた張本人だ」(西岡力『よくわかる慰安婦問題』)。青柳氏は「朝鮮と朝鮮人に公式謝罪を。百人委員会」という組織の事務局長で、90年に渡韓し日本政府相手に訴訟をおこす原告募集のビラをまいた。この活動の延長線上に金学順さんが名のりをあげて、その結果、朝日新聞の植村隆記者が「女子挺身隊の名で戦場に連行された」(朝日1991年8月11日)と報道した。

写真ギャラリー

  • 平昌五輪のスケート競技などが行われる江陵五輪公園からわずか数キロの所に設置された慰安婦像 =1月29日、韓国・江陵(早坂洋祐撮影)
  • 故吉田清治氏の謝罪碑(上)と奥茂治氏がその上に貼り付けた後、剥がされた石板(下)=7月、韓国・天安市の国立墓地「望郷の丘」
  • 長期滞在した韓国・天安市でインタビューに応じる奥茂治氏=昨年7月(桜井紀雄撮影)
  • 大統領府に招いた元慰安婦(手前右から2人目)に付き添う韓国の文在寅大統領(左端)=ソウル(大統領府提供・共同)