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【目を覚ませ韓国】戦後に親日派として迫害された父「日本は決して悪い国ではない」

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戦後に親日派として迫害された父「日本は決して悪い国ではない」

目を覚ませ韓国更新
朝鮮半島出身の英霊も祀られている靖国神社 1/1枚

 靖国神社には、朝鮮半島出身の英霊2万2000余柱が祀られており、その中にはおよそ20柱の特攻戦死者も含まれている。(夕刊フジ)

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 卓庚鉉(タク・キョンヒョン)は、京都薬学専門学校(現京都薬科大学)を卒業し、鹿児島県知覧にあった大刀洗陸軍飛行学校知覧分校に入校した。知覧基地近くで食堂を経営し、「特攻の母」とも呼ばれた鳥濱トメと親しく付きあった。出撃前夜はともにアリランをうたい、トメ一家の写真を抱いて敵艦に突入した。享年24。

 金尚弼(キム・サンピル)は、大学卒業後陸軍航空隊に志願入隊し、1945年2月、特攻隊に志願した。彼は「僕は日本人になりきって日本のために死のうとしているのではありません」「日本を勝利に導いてその暁にわれわれの武勲を認めさせて、独立にもっていくことです」と家族に別れを告げ、4月3日沖縄西方洋上に散った。享年25。

 崔貞根(チェ・ジョングン)は、陸士56期を卒業後、陸軍航空隊に入隊した。梅澤ひでという日本人女性の婚約者を残し、45年2月2日、沖縄洋上で特攻戦死した。享年24。ひでさんは2005年に天寿を全うするまで、生涯、崔中尉を慕い続けたという。

 朴東勲(パク・ドンフン)は43年、福岡の大刀洗陸軍飛行学校本校に入校した。45年1月に特攻に志願し、同年3月29日に沖縄西方洋上の敵艦に突入した。享年18は特攻隊員の中でも最も若い戦死であった。父親は戦後、「親日派」として迫害を受けながらも、死ぬまで「日本という国は決して悪い国ではない。特攻で死んだ家族に対して、必ず責任を持つ国だ」と子供たちに語っていたという。

 残りの特攻隊員たちにも、それぞれの物語があるだろう。彼らはみな、日本の勝利を信じ「この聖戦で日本人に負けない朝鮮人の魂を見せてやる」という気概を胸に特攻で散っていったに違いない。その戦いがあったからこそ、戦後白人の植民地は一掃され、人種平等世界が実現した。彼らの死は決して無駄ではなく、歴史を変えるための崇高な犠牲だった。

 しかし、今や韓国では、特攻隊で散った朝鮮の若者は「自ら進んで敵に命まで売り渡した最大の売国奴」とされ、遺族からも疎まれている。彼らの魂はどうなるのだろう。