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【中国共産党 宿命の権力闘争史】林彪事件に巻き込まれた人々 軍人数十万人を取り調べ「軍の有史以来、最大規模の粛正」

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林彪事件に巻き込まれた人々 軍人数十万人を取り調べ「軍の有史以来、最大規模の粛正」

中国共産党 宿命の権力闘争史更新
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 林彪は劉少奇の失脚後に頭角を現し1969年、毛の後継者に指名された。党規約には「毛沢東同志の最も親密な戦友であり後継者」とまで書かれた。だが、わずか2年後の71年、毛に権力奪取の意図を疑われて空軍機で逃亡。ソ連国境付近で引き返してモンゴル人民共和国(当時)の草地に着陸して失敗し、妻や息子とともに死亡した。遺骨は中国に戻っていない。

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 事件後、「571工程紀要」と呼ばれる暗殺・クーデター計画が公表され、空軍高官の息子が主導したとされた。関与した空軍幹部3人もヘリで逃亡を試みたが阻止され、うち2人が拳銃で自殺した。

 元帥だった林彪の部下で、林彪派の「四大金剛」と呼ばれた総参謀長以下4人の将官は、計画自体を知らなかった可能性が指摘されている。だが、4人は身柄を拘束され、「反革命集団」として懲役16~18年と党籍・公民権の剥奪処分を受けた。

 うち一人の呉法憲元空軍司令官の回顧録が死去後の2006年、香港で出版された。4人は事件の約10日後に会議を名目に人民大会堂に呼び出され、「林彪との関係を説明していない」と告げられて連行された。呉は軍人800人以上が立件され数十万人が取り調べを受けたとの見方を示し、「軍の有史以来、最大規模の粛清」と記している。

 生き残った林彪の娘、林立衡氏も2度の拘束と厳しい批判で自殺を図ったが、毛に嘆願書を送り処遇が改善された。(田中靖人)