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韓国元大統領、金泳三氏が逝去 87歳

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韓国元大統領、金泳三氏が逝去 87歳

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 【ソウル=藤本欣也】韓国で長年、軍政と闘い、民主化の実現に貢献した金泳三(キム・ヨンサム)元大統領が22日午前零時すぎ、病気のためソウル市内の病院で死去した。87歳だった。1980年代以降、金大中(デジュン)元大統領、金鍾泌(ジョンピル)元首相とともに「三金」と呼ばれ、民主化の過程で大統領の座を激しく争った。93~98年には“文民大統領”として政権を担ったものの、経済破綻の危機を招き、失意の中で退任した。肺炎などで長期にわたり入院していたが、2014年末に退院、自宅療養していた。

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 韓国南東部、慶尚南道(キョンサンナムド)の巨済(コジェ)島出身。裕福な網元の長男として生まれた。釜山(プサン)の中学校時代、下宿の壁に「未来の大統領金泳三」と書いた紙を貼り付けていた逸話が残る。政治家を志しソウル大哲学科を卒業。朝鮮戦争休戦後の1954年、史上最年少の26歳で国会議員に初当選した。

 70年、野党・新民党の大統領候補選びで全羅(チョルラ)道出身の金大中氏に敗れ、以後、宿命のライバルに。74年、新民党総裁に就任し、朴正煕(パク・チョンヒ)軍事政権との対決色を強めた。79年の朴正煕氏暗殺後の「ソウルの春」で民主化への期待が高まると、金大中、金鍾泌両氏とともに政治活動を活発化させたが、全斗煥(チョン・ドゥファン)氏率いる軍部によって自宅軟禁状態に置かれた。軟禁解除後は「民主山岳会」を支持母体に活動を再開。83年に断食闘争、84年には「民主化推進協議会」を金大中氏と結成し、民主化闘争を主導した。

 87年の民主化宣言を受けて実現した大統領選では、金大中氏らとの野党候補一本化に失敗、漁夫の利を得た盧泰愚(ノ・テウ)氏に敗れて2位に終わった。90年には盧泰愚、金鍾泌両氏とともに3党合同を果たし、巨大与党、民主自由党を発足させた。92年に同党の大統領候補に選ばれ、同年末の大統領選で金大中氏を抑えて念願の当選を果たした。

 事実上32年続いた軍人出身の政権に終止符を打ち、93年、本格的な文民政権としてスタート。「歴史の立て直し」を掲げ、軍閥解体などを進めた。その過程で光州(クァンジュ)事件や不正蓄財により全斗煥元大統領、盧泰愚前大統領が逮捕され、世界に衝撃を与えた。

 96年には、「先進国クラブ」と呼ばれる経済協力開発機構(OECD)に加盟。しかし翌97年のアジア通貨危機の影響などで対外債務が悪化し、国際通貨基金(IMF)の管理下に置かれ、経済難を立て直せないまま98年に退任した。

 対日関係では、「歴史の立て直し」の一環としてソウルの旧朝鮮総督府庁舎を撤去。竹島(島根県隠岐の島町)にも船の接岸施設を建設し実効支配を強めた。