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脳とコンピューターを静脈からワイヤレス接続、考えるだけで機器を操作できる新技術が秘めた可能性

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 人間の脳とコンピューターとを、静脈に通したワイヤーの先端にある電極でワイヤレス接続する--。そんな新しい技術の開発が進んでいる。実際に身体麻痺の患者による臨床試験では、考えるだけでWindowsを操作できるまでになったという。まだ送受信できる情報量は限られているが、将来的には脳とコンピューターをつなぐ重要なインターフェイスになる可能性も秘めている。

TEXT BY ADAM ROGERS

TRANSLATION BY MITSUKO SAEKI

WIRED(US)

IMAGE BY SAM WHITNEY
IMAGE BY SAM WHITNEY

人間の思考を担う生身の脳と、二進法で計算を繰り返す冷静沈着なコンピューター。このふたつをつなごうとする際に厄介なことは、分厚い頭蓋骨の奥にある情報を取り出さなければならないことである。そもそも頭蓋骨というものは、脳を安全な場所にしまい込み、周囲のできごとにいちいち反応しないようにするためにあるのだ。

ゆえに自分以外の人の頭の中で何が起きているか言い当てようとするなら、推論するしかない。その人の脳が体にどんな行動を命じているのか、知識と経験を総動員して推測するのだ。例えば、理解可能な何らかの音が体から発せられてはいないか(つまりどんなことをしゃべっているか)、あるいは体の動きから何を考えているかがわかるのではないか、といったことである。

脳の働きを解き明かそうと、多くの人が研究に取り組んでいる。だが、けがや病気によって体を動かしたり話したりできなくなった人にとって、これはさらに重大な問題だ。

何らかのヒントが、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)のような最新鋭の画像技術に隠されているかもしれない。しかし、もっとダイレクトな方法があれば、さらに素晴らしい。そこで技術者たちは過去数十年にわたり、人間の脳とコンピューターのキーボードやロボットアームを連動させること、すなわち肉体と半導体との交信の実現に力を尽くしてきたのである。

こうしたなか科学者と技術者からなる研究チームが、信頼度の高い新手法による臨床試験の成果を10月28日に発表した。弾力があって伸び縮みするステントと呼ばれるチューブに電極を取り付け、血管を通して脳に到達させる手法だ。

脳の動きだけでネットの操作が可能に

この試験は2名の被験者を対象に実施された。まず、先端にステントを付けたワイヤーを喉の奥にある頸静脈に通し、脳の一次運動野付近まで伸ばしてから振動を与える。すると血管の壁に触れた電極は、被験者の脳から発せられる「体を動かしたい」という信号をキャッチし始めたのだ。そして被験者の胸部に外科的に埋め込まれた赤外線送信機を介して、この信号がワイヤレスでコンピューターに送信されたという。

この臨床試験を手がけたオーストラリアと米国の研究者たちが医学誌『Journal of NeuroInterventional Surgery』に掲載された論文で説明したところによると、ふたりの被験者には「ルー・ゲーリック病」とも呼ばれる筋委縮性側索硬化症(ALS)による身体麻痺があった。ところが、この装置を使って脳の動きだけでテキストを送信したり、インターネットを操作したりすることに成功したという。

「自己拡張型ステント技術は、ほかの疾患に対しても心臓外科と神経外科の両方で十分な治療効果を上げています。ステントの自己拡張機能を応用した上で、先端に電極を取り付けたのです」と、介入神経科医のトーマス・オクスリーは語る。彼はこの技術の商業化を目指すSynchronの最高経営責任者(CEO)でもある。「ステントの挿入は容易で、患者はほんの数日で退院できます。設定不要ですぐに作動する“プラグ&プレイ”な術式なのです」

被験者たちは退院後、自宅での訓練を義務づけられた。ステントの先に取り付けられた電極が脳からの信号をキャッチしても、その信号が何を意味するかは機械学習アルゴリズムを使わなければ解明できない。ほかの条件が整っていても、脳の反応だけで心の動きを読み取ることはできないのだ。

しかし、数週間の訓練を終えると、患者たちはふたりとも視線の移動でカーソルを動かし、念じるだけでクリックできるようになった。体内の装置を使いこなせるようになったのだ。

重要なインターフェイスになる可能性

さほど大きな成果でもないように聞こえるかもしれない。だが、ふたりともメールを送ったりオンラインで買い物をしたり、デジタルな生活に必要なさまざまなことができるまでになったのである。

オクスリーが「ステントロード(stentrode)」と名づけたこの装置の一般使用について、米食品医薬品局(FDA)はまだ承認していない。Synchronも、さらに実験を重ねるための資金集めに奔走し続けている。だが、予備段階でこれだけの成果が得られたことで、この技術が脳とコンピューターをつなぐインターフェイス(BCI)として立派に機能する可能性が見えてきた。

送られる信号には、情報が満載というわけではない。いまのところステントロードが拾うのは、“テレパシー”によってマウスをクリックしたか、あるいはしなかったかといった、ごくわずかな情報のみだ。しかし、使用するアプリケーションの種類によっては、それで十分かもしれない。

「データやその伝達法について、さまざまな論議がなされています。しかし本当に問題にすべきは、患者の人生を変えるような製品をつくった人がこれまでにいたかということです」と、オクスリーは言う。「わたしたちはアウトプットの方法をほんの少し変えて、患者本人の手に主導権を戻しました。結果的に患者たちは、Windows 10を操作できるまでになったのです」

相次ぐ意欲的な試み

BCIや神経系の人工装具に関する意欲的な試みは、このところ相次いで報じられている。

例えば、イーロン・マスクが立ち上げたNeuralink(ニューラリンク)は20年9月、自由に曲げられる電極を千本以上も取り付けたワイヤレスBCI装置のデモンストレーションを実施した。専用ロボットによる外科手術で、この装置を患者の脳に直接挿入するものだ。ただし、これまでのところNeuralinkが明らかにしている成果は、ブタの脳による短期実験の結果のみである。

電極の挿入には細心の注意を要する。いまや脳外科手術がさほど難しくないことは事実だが、執刀医がロボットであろうと誰であろうとリスクは存在する。Neuralinkのデモンストレーションで使われたような柔軟で薄型の電極であっても、脳にとっては侵入者なのだ。脳は侵入されると自衛のために、グリアと呼ばれる特殊な細胞で電極を覆ってしまう。このため研究者たちの求める電気信号が伝わりにくくなる。

また、広く使われている「ユタアレイ電極」のような埋め込み式の電極の登場によって、個々のニューロン(神経)が発する信号をクリアに受け取れるようにはなったが、それらの信号が何を意味するかを知るには、さらなる科学の進歩を待たねばならない。そのうえ脳はドーナツのなかのジャムの塊のように常にプルプルと動いているので、固定されたいくつもの電極が脳に損傷を与える恐れもある。

しかし、やり方を間違えなければ、脳のリサーチ以上の成果が得られるかもしれない。実際に「閉じ込め症候群」に陥った何人ものALS患者が、訓練やメンテナンス、手術などが必要ではあったものの、この方法をBCIとして利用することに成功している。

電極シートなどを用いる手法も

ほかにも頭皮に直に取り付けた電極から脳波、つまり脳電図(EEG)を読み取る方法もある。だが、埋め込み電極を使った場合のような空間的データは得られない。

脳のどの部分がどんな働きをしているか、神経科学者たちは非常に大まかにではあるが、すでに把握している。しかし、具体的にどのニューロンが反応しているのか特定できるようになれば、何に対する反応なのかもいずれは解明できるはずだ。

これに対して皮質脳波検査法(ECoG)は、メッシュ状の電極シートを脳の表面に直接貼り付ける画期的な方法である。電極がキャッチした信号をスマートスペクトル処理の技法を使って組み合わせ、唇やあご、舌をつかさどる脳の運動野の一部の動きを、テキストや音声に変換するという。

ほかの手法の開発も進んでいる。フェイスブックが19年に推定10億ドル(約1,046億円)で買収したニューロテクノロジー企業のCTRL-labsは、人間の手首のニューロンから運動信号を読み取る技術の開発に取り組んでいる。また同業種のKernelは、近赤外分光法を頭部に用いて脳の動きを検知する研究を進めている。

ステントロードの受信感度は劣る?

オクスリーらが開発したステントロードを使う手法が順調な成果を上げ続ければ、埋め込み電極と、頭皮に取り付けた電極で脳波を読み取るEEG方式の間のどこかに位置づけられることになるだろう。開発者たちは、後者より前者に近い位置づけになることを望んでいる。

しかし、ステントロードは生まれたばかりの技術だ。「核となる技術や発想は非常に優れています。しかし、脳からの信号にどこからアクセスするのかを考えると、ほかのBCIに比べて受信感度は劣ると考えられます」と、カリフォルニア大学サンディエゴ校のトランスレーショナル・ニューラル・エンジニアリング研究所を指揮するビカシュ・ギルジャは言う。「少なくとも今回の論文で述べられている手法より、脳の表面に電極を貼り付けるECoGのほうが、より密度の高い情報を集められるはずであろうことはわかります」

ステントに取り付けられた電極は、体の組織を伝わって脳から届けられるはずの電気信号を、血管内の細胞を通してキャッチする。問題になるのは、その過程で信号から得られる情報量が減ってしまうことだ。

「脳の皮質表面から情報を得るやり方は、臨床例の豊富な埋め込み式のユタアレイ電極を使用する方式に比べて、得られる情報は限定的だと言えるでしょう」と、ギルジャは指摘する。ただし公正を期すために申し添えておくが、ギルジャはNeuralinkをはじめ、将来Synchronと競合する可能性のあるいくつかのBCI企業から、報酬を伴う仕事を請け負っている。

目指すは「中間地点」

こうした背景もあって、電極付きステントを用いるこの方式は、神経科学的に見れば十分とは言えないかもしれない。だが、頭蓋骨に穴を開けずに済み、メンテナンスの手間が少ないBCIを望む麻痺患者にとってはかなり有用と言えるだろう。

「脳への侵襲レベルと収集できる情報量とはトレードオフの関係です」と、カナダのウェスタン大学に所属する神経科学者のアンドリュー・プルジンスキーは言う。「神経活動部の近くまでカテーテルを挿入するこの術式は、このふたつの中間地点を目指すやり方です。明らかに侵襲的ではありますが、脳に電極を埋め込む方式ほどではありません」

やるべき仕事はまだたくさんある。オクスリーら研究チームは、人間を対象とした研究をさらに進めたいと考えている。彼らは今後、ステントの挿入が脳卒中を誘発するなどの副作用の可能性を探ることになるだろう。

ただし、内皮化と呼ばれる現象によってステントはいずれ血管壁に固定されることから、脳卒中の心配は少ないと考えられている。脳のほかの領域に近い血管内にさらに適した場所を見つけて、ステントを挿入できるようになるかもしれない。ステントロードが収まる太さの血管から2mm以内の位置であれば理想的だと、オクスリーは言う。

さらなる高度化に期待

脳の発する電気信号の意味を正確に読み解く点において、ソフトウェアにも改善の見込みがある。また試験結果からは、このシステムを使ってさらに詳細な情報を得られる可能性が見えてくる。例えば、患者がどの筋肉を動かそうとしているかといったこともわかるようになるかもしれない。

そうしたことが、より使いやすい人工装具の開発につながったり、Windows 10より高度なデバイスの操作を可能にしたりするかもしれないのだ。「麻痺のある人たちの治療法として、脳の神経系のひとつで全身の運動をつかさどる運動系の働きが注目されています」と、オクスリーは言う。「いずれにしても、脳のほかの領域に関する研究が始まれば、テクノロジーによって脳の処理能力の謎が次々に解明されていくでしょう」

科学者たちが人の頭の中へと分け入っていく方法を見つけたとき、どんなことが起きるのか--。それはだれにも予想できない。

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