PR

カミソリの刃は、なぜ意外と長もちしないのか? そのメカニズムから次世代素材のヒントが見えてきた

PR

 カミソリの刃は強度が高い金属でつくられているのに、なぜ思ったより早くだめになってしまうのか--。そんな素朴な疑問を抱いたマサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者たちは、電子顕微鏡でカミソリが毛を“切る”ところを観察した。そこから明らかになってきたメカニズムには、長もちする刃を開発するためのヒントが隠されていた。

TEXT BY ERIC NIILER

TRANSLATION BY YUMI MURAMATSU

WIRED(US)

I_VALENTIN/GETTY IMAGES
I_VALENTIN/GETTY IMAGES

在宅勤務が続いて、毎日ひげそりをする習慣がなくなった人もいることだろう。とはいえ、カミソリの刃が長もちすることを望まない人などいるだろうか。

一般的に複数枚の刃がついたカートリッジは、たった1~2週間でカミソリ負けするようになり、捨てられてしまう。だが、もし半年や1年もつカミソリの刃を開発できたとしたら--。そう考えたのが、マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者たちである。

研究者たちは、柔らかい毛をカミソリでそっただけでも刃が早くだめになる理由を突き止めようと、実験に取り組んだ。まず、研究チームは走査電子顕微鏡でカミソリが毛を“切る”ところを観察して記録するうちに、毛によって刃の表面が欠けていくことに気づいた。

論文誌『Science』に掲載された今回の研究の共著者でMITの材料科学の教授であるセム・タサンによると、カミソリの刃が毛を切る能力は、こうした非常に小さな欠損によって損なわれるのだという。これは誰も予想しなかった発見だった。

「わたしたちは、より長もちする、さらに優れた新しい材料を設計したいのです」と、タサンは言う。「カミソリの刃の問題は、典型的な事例です。わたしたちは刃がすぐだめになることに慣れてしまっていて、そのことについて深く考えません。何週間か使ったら新しい刃に交換してしまうわけですから」

顕微鏡で刃を観察して見えてきたこと

タサンによると、カミソリの刃はマルテンサイト鋼でつくられる。マルテンサイト鋼は、知られている金属のなかで最も頑丈な材料のひとつで、19世紀ドイツの金属工学者にちなんで名づけられた。焼き入れと焼き戻しによって強化された非常に硬い合金で、市販のカミソリや手術器具、ボールベアリング、自転車のディスクブレーキに使われる。

タサンをはじめとする研究チームが見つけたのは、このようにマルテンサイト鋼の強度が非常に高いにもかかわらず、何回かカミソリを使うと刃がすぐにだめになってしまうことだった。

タサンと大学院生のジャンルカ・ロシオーリは、カミソリでひとそりするごとに刃の摩耗がどれだけ進行するか検査する実験を考案した。市販のさまざまなカミソリを検査したあと、研究チームはすべてのカミソリで同じように強化された非常に硬い合金が使われていることを発見した。材料が似ていたことから、実験では1種類のブランドのみを使用した。

1カ月の実験期間中、ロシオーリは3日おきに同じカミソリを使用し、そのカミソリをMITの研究室に持参した。研究者たちは顕微鏡でカミソリの刃を撮影するデバイスを用意した。カミソリの表面に向かって電子ビームを照射し、刃の分子構造に関する情報を取得する機器だ。

「最初の考えでは、これは摩耗の問題で、材料がカミソリからなくなっていくのだと考えていました」と、タサンは振り返る。「刃がだんだん丸くなっていくのだろうと予想していたのですが、そうはならなかったのです」

代わりに、刃には何が起きたのか。「刃の一部が割れてしまい、C字型に欠けたのです」とタサンは言う

心地よさか、刃の寿命か

タサンによると、市販の使い捨てカミソリでは、男女向けともに通常は同じ種類の鋼が使用される。だが、コーティングの種類やカートリッジが何枚刃かどうかは、さまざまだという。ちなみに男性用と女性用で異なる点は、取っ手のデザインと刃の枚数だ。女性向けのカミソリに多い1枚刃は、複数刃のカミソリほど長もちしないとタサンは言う。

刃がどれだけ早くだめになるのかには、3つの要素が関係しているのだとタサンは指摘する。カミソリが毛を切る角度、合金の微細構造の均一性、鋼の表面にできる微細なひび割れの存在だ。このひび割れは、製造時にカミソリの刃をざらざらした面にこすりつけて研磨するホーニング処理によって生じる。「材料をできる限り硬くしようとするのですが、硬さと引き換えに材料が不均一になってしまうと、ひび割れがより大きくなってしまうのです」と、タサンは言う。

あるカミソリ産業の専門家によると、消費者は金属の刃がどれだけもつかをあまり気にしておらず、それよりもそったときの性能を重視しているという。「カミソリをよくそれるようにしつつ、そったときの快適さを両立することは難しいのです」と、ニューヨークに拠点を置くシェービング関連用品メーカーのHarry’s(ハリーズ)でチーフ・コマーシャル・オフィサーを務めるブリタニア・ボイは語る。「毛の根元からよくそれる刃をつくることもできますが、それと引き換えになるのは心地よさです。カートリッジを設計する上での秘策は、このバランスを探すことなのです」

ハリーズが消費者に実施した調査によると、消費者はカミソリのカートリッジを替えることに対して、精神的なつながりをもっているのだとボイは言う。「古いカートリッジを捨てて新しいものを付けることは、新鮮な気持ちを意味しています」

ボイによると、ハリーズは新しい刃の設計や製造技術にも関心があり、身だしなみ用品の品質を向上させるために大学の研究室と共同研究することも多いという。「もしさらに長もちするカミソリの刃をお客さまが望んでいるなら、わたしたちは常にお客さまのニーズを第一に考えます」

新たな刃の処理プロセスのヒントに

カーネギーメロン大学で材料科学の准教授を務めるブライアン・ウェブラーはMITの研究について、なぜ材料がそのように機能するのか明確にするいい事例であると指摘している。

ウェブラーは「刃が劣化するメカニズムを特定することで、刃の材料構成や加工処理を工夫して、この種の劣化に強い微細構造をつくり出す新たな機会につながります」と語る。さらにウェブラーは、非常に微細なレベルで刃先のざらつきをなくしたり、微細構造をより均一にしたりする方法を考案することで、これは達成しうるとも指摘している。

ロシオーリは一連の研究をさらに進めることに関心をもっており、追加の実験に資金を提供できるスタートアップを立ち上げることで実験を進めていく考えだという。ロシオーリのアイデアは、焼き戻しによって加熱して刃を強化するのではなく、鋼を圧縮することでさらに長もちするより硬い刃をつくるというものだ。このプロセスによってさらに均一な微細構造がもたらされ、ひび割れや欠損が少なくなるとロシオーリは言う。

MITの研究チームは、すでにこの新しいカミソリの処理方法について特許を出願しているという。「さらに優れた刃をつくることができると心から信じています」と、ロシオーリは意気込む。

さらに優れた刃は、値段も高くなることだろう。しかし、刃が長持ちするということは、捨てる回数が減ることでもあるとロシオーリは言う。「環境への影響も軽減されるでしょう」

この記事を共有する

おすすめ情報