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バクテリアにも“知性”があった!? 協力しながら迷路を解くことが、研究で明らかに

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 協調し合うことで知られているバクテリアは、複雑な迷路を“協力”しながら解くことができる--。そんな研究結果が公表された。

TEXT BY SOPHIA CHEN

TRANSLATION BY MUTSUMI FUNAYAMA

WIRED(US)

PHOTOGRAPH BY AUSTIN GROUP AT PRINCETON UNIVERSITY
PHOTOGRAPH BY AUSTIN GROUP AT PRINCETON UNIVERSITY

トラン・ファンの科学実験は、挑戦から始まった。上司であるプリンストン大学の物理学者ロバート・オースティンが、オースティンにつくれないような迷路をつくってみろと要求したのだ。

もちろん、この挑戦は単なる思考実験だった。ファンは本当にベルサイユ宮殿の庭の迷路のような大きな生け垣を植えて、そのなかにオースティンを放り込もうというわけではなかったのである。

それでもオースティンの教えを受ける大学院生のファンは、この課題に真剣に取り組んだ。彼はまず、オースティンに簡単な迷路を解いてもらった。オースティンがどんな戦略で迷路を通り抜けるのかを知るためだ。

「先生は行き止まりに当たると、来た道を戻っていました。迷路を通り抜けるために誰でもやる方法です」と、ファンは言う。「そこで考えました。行き止まりのない迷路だったら何が起きるだろうか、とね」

ファンが描いていたイメージでは、複数の間違った道が合流してひとつの間違った道になる。このため、どれほど我慢強い挑戦者であっても、絶望の無限ループに放り込まれてしまう。「こうした迷路のなかにいると、自分がどこにいるのかわかりません」と、オースティンは言う。「迷路を通り抜けるためにどのくらいの時間が必要なのか、中にいるとわかりません。堂々巡りになってしまう可能性もあります」

細菌はコミュニケーションする

実際のところ、このゲームが本当に想定しているプレーヤーはオースティンではない。それどころか、迷路の設計は「有機体はどのように問題を解決するのか」という、より大きな問題の答えを見つけるための一歩にすぎない。この研究室の迷路競技の本物の“選手”たちは、バクテリア(細菌)なのだ。

オースティンやファンたちは、微生物であるバクテリアの協力しあう能力について研究している。ファンは「細菌が本当はどのくらい“賢い”か調べる」目的で迷路を使ったテストというアイデアを思いついたのだと、オースティンは説明する。

興味深いことに、最も単純な生物のひとつである単細胞生物のバクテリアが集まると、個別のパーツを足し合わせるだけではなく、問題解決能力のあるユニットをつくって協力して働くことで知られている。

例えば、人間の体内の免疫システムから自分たちを守るために、口のなかにいる細菌は組織化してフィルム状のものをつくる。これが歯垢だ。土壌に住む粘液細菌の一種であるミクソコッカス属は、糸に似た細菌のネットワークをつくり、群れになって“狩り”をする。

そして大腸菌を含む多くの細菌は、近くにいる細菌が自分の仲間なのか敵なのかを探るために、互いにコミュニケーションをとることができる。同種の菌の密度を感知するクオラムセンシングと呼ばれる、ある種の化学物質を交換するプロセスを利用するのだ。

迷路の脱出にも成功

ファンは、自分がつくった迷路をバクテリアが通り抜けられるか調べたいと考えていた。そこで次の段階として、ファンが設計した曲がりくねった通路を、同僚が小さなシリコンのチップにエッチング処理で刻み込んだ。そして中央に10個ほどの大腸菌を閉じ込め、大腸菌が好きな食べ物を大量に流し込んだ。ファンによると、「チキンスープのような匂いがする」濃いスープ状のものだ。それを顕微鏡で観察した。

学術誌『Physical Review X』に受理された論文でファンらの研究チームは、大腸菌が食べながら繁殖して迷路を通り抜けられることを示している。最初は10個だった細菌は、実験が終わるときには100万個以上になっていたという。

大腸菌は実験の際に食べ物のある“道”を進みながら、スープがたくさんあるこれまで通ったことのない道に進みたがる傾向があった。それが最終的に、迷路からの脱出を助ける結果になった。複数世代にわたる細菌の1パーセントが集団で迷路の脱出に成功するまでの時間は、約10時間だった。あまり速くないように聞こえるかもしれないが、細菌がでたらめに泳ぎ回った場合と比べると5倍は速いのだと、ファンは指摘する。

大腸菌の驚くべき“動き”

ファンは大腸菌に迷路を通らせるだけでなく、次は別のパズルの中央に閉じ込めてみた。人間の肺の内部にあるフラクタル構造に似た、樹木のような形状の出口のないトラップである。この実験の狙いは、バクテリアが行き止まりに突き当たったとき、どのような行動をとるのかを知ることだった。

観察してみたところ、驚くべきことが起きた。大腸菌はすぐにフラクタル構造の最も小さな枝に閉じ込められてしまったが、集団で塊を形成し、波動のように自分たちを発射して行き止まりから脱出したのだ。

この波のような動きは、バクテリアが仲間の放出する化学物質に反応して発生するコミュニケーションの過程で起きているように見えた。「間違いなくバクテリアは集団で行動しています」と、ファンは言う。

大腸菌が複雑な自然環境で繁栄していることを考えると、ファンがつくったパズルの内部を進めることは「驚くことではない」と、セント・メリーズ・カレッジ・カリフォルニアの微生物学者で、この実験には参加していないジェイムズ・バールマンは指摘する。「大腸菌が住んでいるわたしたちの小腸の内部は、もっと複雑な環境であることを指摘しておくべきでしょうね」

一生のメタファーとしての迷路

それでもファンの迷路は、これまでに人間がつくってバクテリアが通り抜けた迷路のなかでは、最も高度なものであったはずだ。「このようなものは、これまでに見たことがありませんでした」と、バールマンは言う。「彼らが使ったフラクタル構造と迷路の構造は、非常に複雑なものです」

研究者たちは動物の行動を研究するためによく迷路を使うのだと、イスラエルのテルアビヴ大学で昆虫の行動を研究する生態学者のイノン・シャーフは言う。迷路は自然の複雑さを模倣でき、しかも研究室のなかで管理しやすいからだ。

迷路は、いわば有機体の一生のメタファーとして使われている。どんな有機体も根本的には、進んでいくうちに何らかの分岐点に遭遇することになる。生き残るか、死か、どちらかへと続く分岐点だ。迷路は文字通り、こうした分岐点を扱っている。

プリンストン大学での実験には、さまざま環境におけるバクテリアの動きについて理解を深めるというもっと大きな目標があるのだと、オースティンは言う。また、それによって微生物がどのように変異し、抗生物質に対する耐性を獲得していくのかも解明できる可能性があるという。

「ヘンゼルとグレーテル方式」を駆使?

迷路はバクテリアの動きを研究するための枠組みを提供してくれる。オースティンとファンは、バクテリアがこれほど速く迷路とフラクタルから“脱出”できた様子を見て驚くと同時に、自分たちの実験によってこれまで知られていなかったバクテリア間のコミュニケーションを見出せるのではないかと考えている。

例えば、オースティンとファンは、バクテリアが迷路の表面に謎の残存物を残していくことに気づいた。「それが何なのかは、わからないのです」と、オースティンは説明する。「わかっているのは、それを除去するのが非常に難しいということです」

この残存物は強酸と高熱によって、ようやく迷路の表面から取り除くことができたという。ふたりは、バクテリアがあとから続いて来る仲間にヒントを与えるために、その残存物を残すという仮説を立てている。数学の研究者たちの間で「ヘンゼルとグレーテル方式」と呼ばれている迷路の脱出法だ。

こうした考えに対して、バールマンは懐疑的だ。オースティンとファンは、ふたつの大腸菌の株の行動を比較して実験の結論を出した。片方の株は化学的なコミュニケーションができて、もう片方の株はそれができない。しかし、その2種類の大腸菌の株にはそれ以外の違いもあるので、大腸菌がどのような方法で迷路を脱出したのかはっきりさせることは難しいのだと、バールマンは言う。

コミュニケーションできる株のもう片方の株に対する優位性は、ことによると未知のコミュニケーション能力とは別の要素によるものかもしれない。例えば、向きを変える能力が優れているといった要素の可能性もある。

バクテリアに「知性」はあるのか

バクテリアが迷路を脱出するメカニズムがどのようなものであるにしろ、この実験からはバクテリアがどれだけ“高度”な生物であかという疑問も浮かんでくる。「バクテリアは本当に素晴らしい問題解決能力をもっています。食べ物を見つけたり、迷路のようなな構造から脱出したりといった能力です」と、ファンは言う。「それが“知性”と呼ぶべきものなのかは、わたしにはわかりませんが」

生物学者たちはバクテリアに対して、「知性」という言葉を使うことは避けている、その言葉の意味について合意がないからだと、シャーフは指摘する。

この言葉は、ヒトのような能力を意味しているといった具合に間違った解釈をされることが多いのだと、シャーフは言う。科学実験における「知性」とは相対的なものであり、テストされるスキルによって違ってくる。「ヒトよりもハトのほうが好成績を収めるテストだってありますから」

シャーフは自分の研究を説明する際に「知性」といった抽象的な表現ではなく、迷路を脱出するためにかかる時間など、測定可能な量で示すことを好む。「より具体的な言葉を使うほうがいいのです」と、彼は言う。「わたしは自分がしたこと、計測したことを明確にするようにしています」

人間よりはるかに複雑な点

バクテリアが迷路のなかを移動しているときのような「頭のよさ」を「人間のようだ」と主張する人はいない。ヒトとバクテリアは、あまりにも異なる種なのだ。

「大腸菌を代謝作用の観点で見ると、わたしたち人間よりはるかに複雑です」と、バールマンは指摘する。「大腸菌は20種類のアミノ酸のすべてをつくることができます。しかし、わたしたち人間にはできません。大腸菌の複雑さはヒトの複雑さとは別のものなのです」

人間がトウモロコシ畑の迷路を進む場合とは違い、バクテリアはパズルを解きながら繁殖し続ける。そして、何百万人もの人間が集まってもできない方法で“協働”する。

だが、それでもバクテリアは……「かなり“賢い”ですよ。そういう言葉を使ってもよければ、の話ですが」と、ファンは言う。

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