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在宅勤務の生物学者は、こうして新種の昆虫9種を最新機材なしに見つけ出した

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 新型コロナウイルスのパンデミックの影響で博物館が閉鎖になり、生物学者たちも在宅勤務になった。こうしたなか、ロサンジェルス郡の自然史博物館に勤める研究者たちが、在宅勤務中に9種の新種の昆虫を発見した。最新機材なしに顕微鏡を用いたアナログな手法で、いったどうやって新種を見つけ出すことができたのか。

TEXT BY ERIC NIILER

TRANSLATION BY KAORI SHIMADA/TRANNET

WIRED(US)

PHOTOGRAPH BY LISA GONZALEZ/NATURAL HISTORY MUSEUM OF LOS ANGELES COUNTY
PHOTOGRAPH BY LISA GONZALEZ/NATURAL HISTORY MUSEUM OF LOS ANGELES COUNTY

カリフォルニア州ロサンジェルス郡の自然史博物館が新型コロナウイルスのパンデミックの影響で3月半ばに閉鎖されたとき、昆虫学のコレクションマネジャー(標本管理者)のアシスタントとして働くリサ・ゴンザレスは、2~3週間もすれば戻ってこられるだろうと考えていた。ところが実際は職場にはしばらく戻れそうになく、在宅勤務を続けなければならないことが明らかになった。

そこでゴンザレスは、自宅にあった趣味の作業部屋を臨時の研究室に改造し、自宅で何千匹もの昆虫の標本を同定する作業を開始した。それらの標本は、博物館が主導する市民科学プロジェクトによって、パンデミック以前に採集されたものである。

通常ならゴンザレスたち生物学者が種を同定する際には、DNAバーコーディング(特定の短い塩基配列をもとに種を同定する)と呼ばれる手法を使う。化学処理などの多くのプロセスが必要で2~3時間かかるが、ぴたりと正しい答えが得られる。

自然史博物館で使っているDNAシーケンサーは、遺伝物質をポリメラーゼ連鎖反応と呼ばれる方法で増幅させる。そして同定の基準となる既存のDNAバーコードと比較することで、種を同定するのだ。

ところが、自宅にはDNAバーコーディングに必要な機材がない。そこでゴンザレスは、生物学者が17世紀から使ってきたアナログ式の機材を用いることにした。顕微鏡だ。

「過去の科学者たちが原始的な道具で偉業をなしとげてきたことに、尊敬の念を抱きます」と、ゴンザレスは言う。「自宅には長く座っていられる腰に優しいイスもなく、高性能な顕微鏡もありません。これまで当たり前だと思っていたもののありがたみを感じました」

こうしてゴンザレスは、私物の顕微鏡だけを頼りに昆虫を観察し、微細な毛の生え方や翅(はね)の形といった特徴から数十種の昆虫を同定した。それ以外にも、見慣れない昆虫を何匹か見つけたので、それらは博物館の同僚で昆虫学担当のキュレーター、ブライアン・ブラウンに託した。

ブラウンは職場から自宅に運び込んだライカ製の実体顕微鏡と、地域コミュニティサイト「Craigslist」のロサンジェルス版で見つけた生物顕微鏡を使い、9種の新種の小型のハエ目(双翅目)を発見した。「新たなことを発見するのは、いつだって素晴らしい体験です。それがこの仕事の喜びでもあります」と、ブラウンは言う。「これまでと少し違うどころではなく、常にまったく新しいものを発見できるんですから」

3年で30の新種を発見したプロジェクト

ゴンザレスたちが調べている標本は、ロサンジェルス自然史博物館が2012年に始めた「BioSCAN(Biodiversity Science: City and Nature)」プロジェクトのために集められたものだ。主に家の裏庭や公共施設など、ロサンジェルス全域の30カ所に昆虫捕獲用のトラップを仕掛けて採集した。

昆虫の種類としては、小型のハエ目とハチ類、ハチに似たハエ目が最も多い。ブラウンたちはプロジェクトにボランティアとして協力してくれる人たちを募り、マレーズトラップの使い方を教えて昆虫を採集してもらった。マレーズトラップとは小型テントのような形の昆虫採集用のトラップで、虫が上方向へ飛んで逃げようとすると採集用の小ビンに落ちる仕組みになっている。

ロサンジェルスは世界中の文化が混在する都市だが、これまで都市部に生息する野生生物に関する調査はわずかしか実施されていない。特にロサンジェルス盆地を生息地とする昆虫については、ほとんど情報がなかった。

BioSCANプロジェクトのきっかけは、ブラウンが博物館の理事のひとりに対して、自分ならロサンジェルス西部にある彼女の家の裏庭で新種の昆虫を見つけられると断言したことだった。ブラウンは実際に新種を発見し、そこからプロジェクトがスタートした。

スタートから3年の間にブラウンたちは30の新種の昆虫を発見し、成果を論文として発表した。2018~19年にかけては、さらに13種を発見し、新型コロナウイルスによるパンデミックの影響で博物館が閉鎖されてからは、9種を発見した。

昨年の11月以来、BioSCANのボランティアによる昆虫の採集は進められていない。だが、ブラウンたちはパンデミック以前に採集された数千匹の昆虫の同定という骨の折れる作業を続けており、それは在宅勤務になってからも変わらない。この作業はクローゼット掃除の学術版のようなものだ。つまり面倒で退屈だが、やるだけの価値はある。

「いまは研究室に入ることができないので、顕微鏡を使い、肉眼では見ることが難しい特徴を探すといった昔ながらの方法で種を同定しています」と、ブラウンは言う。「時間のかかる作業ですが、時間ならたっぷりありますから。観察する虫は体長が2mmしかなく、生殖器も微小です。形態学的に観察して種を同定するには、1匹あたり10~20分かかることもあります」

何万匹もの昆虫の標本を調査

今回発見された9種のなかには、ノミバエ科も含まれていた。ノミバエは地下に埋めた棺の表面にたかったり、棺に入り込んで死体の肉を食べたりすることで知られている昆虫だ。ノミバエのほかには、ネズミに寄生するウマバエと、ハチに似たハエ目がいた。ハチに似たハエ目の昆虫は、カリフォルニア州南部ではこれまで確認されたことがない種で、おそらく中米から花や食べ物にまぎれて移動してきたと思われる。

ブラウンとゴンザレスはBioSCANプロジェクトが開始されて以来、何万匹もの昆虫の標本を調査し、ロサンジェルス盆地に生息する昆虫の既存種を確認して記録数を増やしてきた。その結果、1993年に実施されたプロジェクト開始前の最後の生息調査で3,500種だった数を、現在の約20,000種にまで増やすことができている。

「わたしたちはロサンジェルス中から集められた10万匹の標本を見てきました」と、ブラウンは語る。「標本には高い確率で新種の昆虫が含まれており、その頻度がいつまでたっても下がらないことに驚いています」

ブラウンは自宅の裏庭にも昆虫を捕獲するトラップを設置しており、そこからも変わった種をいくつか発見している。例えば、煙(おそらく近所で起きた野火の煙)に引き寄せられたハエ目の虫や、夜咲きのジャスミンの香りに引き寄せられた虫などだ。

都市の生物多様性への関心も高まったが…

博物館の閉鎖によって自宅ですることになった仕事のおかげで、ゴンザレスは新種の昆虫を発見できただけでなく、都市部の生物多様性への関心も高まったという。

「都市部にも信じられないほど多様な生物が暮らしており、ごく身近なところに新種の生物がいます」と、ゴンザレスは言う。「たいていの人はそのことに気づきません。昆虫も驚くような種がいるんですよ。わたしも、ロサンジェルスにカマキリモドキがいるなんて思ってもいませんでした」。カマキリモドキは主に熱帯地域に多い虫で、カマキリとスズメバチを足して2で割ったような外見の虫だ。実際にはカマキリでもスズメバチでもなく、アミメカゲロウ目に属する。

ゴンザレスは、いまも5歳の甥の協力のもと、在宅勤務を続けている。昆虫の同定に使っている顕微鏡は、甥が貸してくれたものなのだ。

しかし、臨時の研究室として使っている部屋は裁縫専用の部屋に戻したいと願っている。ゴンザレスはホラー映画やSF映画のコスプレが趣味で、その部屋で衣装を自作してパートナーとともにイベントによく出ていたのだ。いまではそれもかなわない。

ブラウンも、自宅で仕事しなければならない状況にうんざりし始めている。博物館に戻れれば標本も最新式の機材も揃っているというのに、戻れるにはまだ時間がかかりそうだ。

「自宅で仕事を始めたときには、『こりゃいい。じゃまが入らないから、何本でも論文が書けそうだ』と思ったんです」と、ブラウンは言う。「でも、職場に行くことには驚くほど大きな意味があるんですね。出勤することで気持ちを切り替えて、仕事に集中して取り組めるようになる。それに仲間と一緒に仕事ができて、会話もできる。参考にする標本が揃っているのも大きいですね」

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