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【地方変動】第1部・溶ける自治体(2)デジタル化「壁」破った

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 新型コロナウイルスの感染拡大を機に、自治体の業務を抜本的に変革する「デジタルトランスフォーメーション(DX)」を求める声が強まっている。自治体と住民の間の「壁」を取り払って両者の距離を劇的に縮め、地域社会の再構築をも期待される。

 コロナ禍が深刻さを増した昨年4月、神戸市役所。健康の不安を訴える住民からの電話が連日、鳴り響いた。職員は総出で24時間、応対。しかし電話はつながりづらい状況が続いた。電話回線の不足が住民の情報へのアクセスの「壁」として立ちはだかった。

AIで健康相談 

 職員の表情も疲労の色が日を追うごとに強まった。「何とかしなければ」。頭を抱えた市情報化戦略部の若手部員、伊藤豪(つよし)さんの耳に飛び込んだのは、ある職員が口にした一言だった。

 「これ、使えるんじゃないか」

 これ、とは、米マイクロソフト(MS)がコロナ対策のため自治体に無償提供を始めたクラウドサービスのことだ。クラウドサービスは、インターネットを通じてデータを外部に保管したり、ソフトを利用したりする。「クラウド経由で提供されるツールを使い自治体の職員でも自在にソフトを作れる。コロナへ迅速に対応できるのでは」。直感が働いた。

 伊藤さんの提案をもとに採用が決まると、4月、自らのチームが中心となって開発をスタート。わずか1カ月後、「特別定額給付金の申請状況確認サービス」や人工知能(AI)による「健康相談」、市内の感染状況をリアルタイムで確認できるサイトを次々に立ち上げた。

 住民は、欲しい情報を簡単に得られるようになった。ITによって情報のアクセスに立ちはだかった「壁」は低くなり、自治体との距離が飛躍的に縮まって住民サービスの向上につながったのだ。

 「自治体が通常新しいソフトを導入するときのように開発を外部へ委託していたら、数倍は時間がかかっていただろう」と伊藤さんは振り返る。

 高度な専門知識を持つIT人材のほとんどいない自治体がこの手のソフトを内製するのは珍しい。市への相談や問い合わせの電話件数は10分の1以下に激減、職員の負担も軽くなった。

 職員への過重な負担や電話回線の不足をITの力で乗り切った神戸市。しかし、IT業界関係者は「神戸市のように職員が問題に気付いて、自ら変化をもたらすケースはまれだ。日本の自治体のIT化は5年も10年も遅れているが、自治体自身がそれに気づいていないことがより深刻だ」と指摘する。

温存される「紙」 

 「大阪府のデジタル化の遅れにがくぜんとした。予想をはるかに超えていた」

 昨年4月、吉村洋文知事の肝いりの「府スマートシティ戦略部」部長へ迎え入れられた元日本IBM常務執行役員、坪田知巳(ともおき)さんもこう振り返る。スマートシティーとは府が目指す、ITによる高度な住民サービスを実現する都市のことだ。

 多くの会議や決裁では依然、紙が使われている。コロナ禍でもテレワークが進まない。当然、ほかの自治体とシステムを共通にし、互いが持つ情報を有効に使うという発想もない。坪田部長は自治体全般にあてはまると考えている。

 なぜ自治体の意識は変わらないのか。あるIT企業関係者はこう分析する。「民間企業と違って行政組織は潰れないので、仕事の生産性や効率を高めなくていい。だから、30~40年も前の悪しき伝統が、生き残っているのだろう」

 だが、国が動き始めた。

 「今から5年後の令和7年度末までを目指し、作業を加速していきたい」

 昨年9月25日、菅義偉(よしひで)首相は出席した首相官邸での会議で、自治体間で異なる業務システムの統一について、こう発言した。

 菅首相の肝いりで発足するデジタル庁は、政府の情報システム関係予算を一手に所管し、マイナンバー制度を軸とする行政のデジタル化を進める司令塔となる。

 省庁の取り組みが遅れていれば是正勧告を出せるなど強力な権限を持たせる。根底には「各省庁、自治体のシステムがバラバラの仕様で構築されている実態が社会全体のデジタル化を阻害している」という菅首相の強い危機感がある。

 坪田部長は菅首相の方針に賛同する。「自治体間の業務の共同化が進む。自治体が助け合い、人口が減少しても対応できるようになるだろう」。デジタル庁の旗振りで全国の自治体が「壁」をなくして膨大な情報を交換し、協力して社会の課題に立ち向かう-。そんな青写真が坪田部長の脳裏に浮かぶ。

自由にやりとり 

 「高齢化でさまざまな悩みを抱えた高齢者が増え、行政の作業はさらに細分化されて職員の負担は増える。対処するにはITの力が不可欠だ」

 MSデジタル・ガバメント統括本部の藤中伸紀室長もこう強調する。

 大阪府や神戸市が目指すスマートシティーは、DXによって行政、住民、企業、病院などの間の「壁」をなくし、情報を自由にやりとりできるようにして住民サービスを高める構想だ。

 府のスマートシティー事業のうち、「スマートヘルスシティ」と呼ばれるプロジェクトは、自治体や病院などが持つ住民の健康診断結果、電子カルテ、薬の処方箋などの情報を匿名化などの処理をした上で収集し、「情報銀行」のようなシステムにデータとして保管する。データは一定のルールのもとで人工知能(AI)で分析し統計をとったり、マーケティングに使えたりできるようにする。

 データを生かし、企業は府民の実態に即した医療サービスや保険商品、健康管理アプリなどの開発をリアルタイムで行うことが可能になり、行政も、住民の健康維持に必要な施策を迅速に展開できるようになる。

 スマートシティー実現に向け、大阪府は昨年8月、坪田部長が中心となり、245の企業・団体と共同でフォーラムを立ち上げた。その数は現在300以上に上る。神戸市も6月、MSと「包括連携協定」を結んだ。

 坪田部長は「2040(令和22)年の自治体がどのような姿になるかを想定しつつ、検討を進めている」と強調する。府の場合、昨年末時点で881万人だった人口は40年に724万人にまで減少し、世帯の4割超が高齢世帯になるとみられる。対策は待ったなしだ。

現状「ゆでガエル」

 だが、集められた個人情報が流出したり、悪用されたりすることへの懸念は根強い。個人情報保護法の壁もある。

 DXをより効果あるものにするには、自治体間などの「壁」をなくしたデータの利活用が不可欠だ。

 個人情報を公共目的のためにどう利用するかという議論を怠れば、行政のDX化は進まず、非効率性が温存される。そのツケは住民が高コストのサービスを負わされることになる。

 坪田部長の目には、DX改革とセットで考えなくてはならない個人情報の取り扱いを社会全体が真正面から議論しているとは見えない。「変革を遂げなくても生き残ってきた日本社会は、『ゆでガエル』のようだ」とも言う。

 コロナ禍が浮き彫りにした自治体のDXの遅れ。自治体が急変する環境変化のなかで「機能不全」に陥れば、住民の生命そのものが危ぶまれる。手をこまねいていれば、そんな事態が現実となる。

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