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【勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一】(177)父と息子 教育熱心「怖かった」怪物も怯え

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船田事務所を出る江川親子=東京・平河町
船田事務所を出る江川親子=東京・平河町

 11月24日、江川親子は午前10時40分、東京・平河町の船田事務所を訪れ、後見人の船田中と話し合った。

 クラウン行きを決断するのか否か-。約2時間後、三者会談を終えて報道陣に囲まれた父親・二美夫はこう宣言した。

 「私どもが何らかの結論を出すまで、クラウンと交渉はいたしません」

 --なぜ、交渉を避けるのか

 「いま、球団の説明を受けても一方的なものになる恐れがある。いい話しかしないと思います。だったら、こちらで調査し正確に判断したい。いろんな先入観を持たないで結論を出したいからです」

 交渉の主導権は船田ではなく、父親が握った。調査する-とはいうものの二美夫の腹の中ではすでに結論は出ていた。入団を拒否したあと、どの道を選ぶかを考える時間だった。

 プロへ行かない場合「道」は2つ。社会人に進み2年後のドラフトを待つか、浪人して1年後に期待するか。前者には2年待つというリスク、後者には体調を維持できるのか…という不安があった。

 この頃の江川は報道陣に対しては生意気な口をきいた。「無理やりでも突っ張っていないと、マスコミの圧力につぶされると思っていた」からという。ただ、そんな〝怪物〟も父親の前では怯(おび)える子猫のように小さくなっていた。

 「とにかく怖かった。親父に何か言われると体がビクンとなりましたね」。昨年9月、NHKで放送された『ファミリーヒストリー』で江川は父のことをこう振り返った。

 鉱山技師だった二美夫は教育熱心で「卓を大学に行かせたい」というのが夢。静岡県磐田郡佐久間町(現在の浜松市天竜区)に住んでいた頃、「大勢の生徒の中で揉まれた方が勉強になる」と卓を自宅に近い小学校ではなく、家から8キロ離れた町立佐久間小学校へバスで通学させた。

 バス停のすぐそばを天竜川が流れていた。二美夫はバスを待つ間、「石投げでもしていろ」と卓に命じた。川幅は100メートル以上。卓は毎日、友達と石投げで遊んだ。初めは川の中に水しぶきが上がっていたが、どんどん飛距離が伸び、5年生の頃には向こう岸まで届いたという。〝怪物〟江川の原点である。

 12月3日、江川親子は再び平河町の船田事務所を訪ねた。

(敬称略)

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