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【地方変動】第1部・溶ける自治体(1)コロナ時代、もう東京でなくてもいい

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 「お客さんから改善要望をいただきましたが、対応できそうでしょうか?」。クラウド名刺データ管理サービス会社「Sansan」(東京)のエンジニア、辰濱健一さん(36)のもとにトラブル相談が寄せられた。相手はインドにある協力企業のスタッフ。「一度、そちらに赴いて問題を調査する必要がありますね」。いつものことのように指示を出す辰濱さんの職場の前には、のどかな田園風景が広がる。日本から遠く5千キロ離れたところにいるインド人スタッフとやり取りしている場所は、Sansan本社のある表参道ではなく、ましてや米シリコンバレーでもない。人口わずか5千人の町、徳島県神山(かみやま)町だ。

 神山町はIT(情報技術)で躍進した地方の町として名高い。平成16年に全国に先駆けて町全域に光ファイバー網を敷設、都会と変わらぬ高速で大容量の通信を可能とすると、町はサテライトオフィス(遠隔地拠点)の誘致を本格化。これまで14社が拠点を開設した。Sansanもその一つ。そんな“ITの町”が「ウィズコロナ」の時代、求心力を増している。

 「物件を見せてほしい」「もっと情報が知りたい」。町への移住や企業進出の支援を行うNPO法人「グリーンバレー」では今年度、こうした相談が前年度から倍増した。実際に大阪のIT関連企業は会社の機能分散でサテライトオフィス用の物件を購入したという。コロナ感染防止で密を避けることが求められ、テレワークが推奨される中、都会の人口集中はリスクに変わり、さまざまな「距離」はなくなった。会社がインドにあったり東京にあったりする必要はない。

転出超過続く

 人・モノ・金が東京圏に集中する「東京一極集中」。長年叫ばれながら解決しなかった課題だが、昨年、様相が一変した。

 総務省の住民基本台帳人口移動報告(外国人を含む)によると、東京都は昨年4月以降、転入者が減少傾向に。昨年7月~今年1月まで7カ月連続で人口流出にあたる「転出超過」になる異例の事態となった。昨年4月は緊急事態宣言が出されたタイミング。コロナ禍が地方の積年の願いを実現した格好だ。

 一方、神山町の場合、「武器」はデジタルインフラだけではなかった。

 放送業務のシステム開発などを行う「プラットイーズ」(東京)は25年、事業継続計画(BCP)を考慮して本社機能の一部を神山町に移転し、関連会社を立ち上げた。隅田徹会長(59)が実感したのは「住みやすさ」だった。

 東京の生活とは違い、誰かとすれ違えば気軽にあいさつし、ときどき食事も共にする。別の企業の社員やその家族とも自然と親しくなった。「人の距離感が近すぎず遠すぎず。この安心感はかけがえがない」(隅田会長)

 都会から地方へ。新たな人の流れは新しい成果を生む。勤務する石川拓也さん(31)は神山町出身。「映像関係の仕事は都会で、と思い込んでいた。徳島で働く選択肢はなかった」(石川さん)が、大阪などで約2年半働いた後、同社に移った。「環境が整っていれば東京でも神山でも同じように仕事ができる」。「地元だから就職した」のではなく、自分の物差しで働く場所を選んだ。

争奪戦を誘発

 グリーンバレーを経由した神山町への移住者は、20年度~令和元年度で累計約280人にのぼる。「日本版シリコンバレー」とも称され、地方の勝ち組とされる神山町。だが、前途は楽観できない。全体で見れば人口が右肩下がりの中、将来的な生活インフラの維持にはさらなる転入が必要との試算がある。

 そしてなによりコロナ禍だ。大都市に集中していた人や企業の分散は、地方による争奪戦を誘発する。

 グリーンバレーの移住担当、林大晟(たいせい)さん(27)はいう。

 「社会情勢の変化から移住などを検討している人たちは、神山町だけをみているわけではない」

観光も仕事も 誘致に力

 「2040年問題」と呼ばれるものがある。

 総務相主催の研究会「自治体戦略2040構想研究会」の報告によれば、2040年の日本は、人口がピーク時(08年)から1千万人以上減らして1億1092万人となる。団塊の世代が生まれたころ(昭和22~24年)に年間260万人を超えていた出生数は74万人程度になるとみられ、65歳以上の高齢者は2042年に3935万人(高齢化率約36%)に達するという。同じころにはインフラの老朽化も集中すると予想されているが、人手が足りない恐れがある。こうした未来に、成長を前提にした将来設計はできない。地方はアップデートする必要がある。

町で顔認証実験

 古くから温泉地として知られる和歌山県白浜町も近年、急速に変貌を遂げている。そしてこちらも徳島県神山町と同様、新型コロナウイルス禍により注目度が増している。

 良質なリゾートタウンで、東京から飛行機で約1時間という強みを生かし、観光地で休暇を楽しみながらテレワークに励む「ワーケーション」の最適地とPR。平成29年度からの3年間で104社910人がワーケーションを実施した。ビジネスルームを整備した宿泊施設「ホテルシーモア」を運営する白浜館の松平哲也・予約センター長(47)は「こうした動きはうちだけではない。周辺では共有キッチンやリビングがあってワーケーションができる宿泊施設ができてきている」と打ち明ける。

 町では顔認証システムを使った大規模な実証実験も行われている。南紀白浜空港の運営会社「南紀白浜エアポート」と電機大手NECなどが実施。スマートフォンで顔写真やクレジットカード情報などを事前登録しておけば、町内の施設でさまざまなサービスが受けられるもので、レジャー施設「アドベンチャーワールド」では顔認証でチケットが購入でき、ホテルシーモアの客室は鍵がなくても「顔パス」で入室できる。

 コロナ禍で観光客を奪われたが、ワーケーションという新常態(ニューノーマル)に活路を見いだした。非接触はコロナとの共生に欠かせない。そこには白浜町のレジリエンス(回復力)も感じられる。

競争より連携

 徳島県神山町と和歌山県白浜町。2つの町は期せずしてデジタル化を進めていたことで人が集まり、未曽有のコロナ禍にもしなやかに対応できた。そこには、デジタル化こそ地方再生の処方箋、という確信めいた認識があったのだろう。

 ただ、和歌山県情報政策課の大谷信一朗主任(46)はこう指摘する。「単に観光と仕事ができる環境の整備だけでは、人を呼び込む理由としては弱い」。念頭にあるのは限られたパイをめぐる地方の競争激化だ。例えばワーケーション。同県が運営する「ワーケーション自治体協議会」の参加自治体数は、令和元年の65から、今年1月21日現在、倍以上の166に増えている。

 さらに、昨年は東京への人口集中が鈍ったとはいえ、転出先の上位は埼玉、千葉、神奈川といった近郊だ。地方への波及効果は限定的かもしれない。

 国の地方制度調査会は昨年まとめた地方行政のあり方についての答申で「組織や地域の枠を超えて連携し合う社会を構築するのが重要」とした。競争よりも旧態依然とした地方や自治体の枠組みを溶かし、連携していくことが地方や国の未来につながるという。野村総合研究所の神尾文彦・主席研究員も「コロナが収束しても東京一極集中に戻るべきではない。地方の衰退を防ぐためには本格的な人の分散が必要で、国も企業移転やデジタル化などで地方を支援すべきだ」と強調する。

 地方がいま大きく変動しようとしているのは、人口減少や超高齢化、インフラの限界など迫りくる危機への対応を急ぐためだ。それにコロナ禍が拍車をかけた。地方を生かすことは、国を生かすことでもある。芽生え始めた地方変動の潮流をどう生かすかは、国家的な課題である。

 超高齢化と人口減少で苦境にある地方に、地殻変動が起きている。新型コロナウイルス禍が都市部への人口集中に歯止めをかけ、急速なデジタル化も地方の弱みを消し始めた。変動する地方の姿を追い、地方再生、そして日本再生を考える。

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