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岩手・大槌町の被災若者支え続けた奨学金、大阪市大病院の医師ら最後の贈呈

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岩手県大槌町の若者への支援を続け、同町から贈られた感謝状を手にする大阪市大の荒川哲男学長(前列左)と医師ら=今年2月(同大提供)
岩手県大槌町の若者への支援を続け、同町から贈られた感謝状を手にする大阪市大の荒川哲男学長(前列左)と医師ら=今年2月(同大提供)
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 東日本大震災で被災した岩手県大槌町の中高生を支援するため、大阪市立大医学部付属病院の医師ら有志が創設した奨学金が今年、最後の贈呈を終えた。震災直後に医療チームが現地に入った出会いを縁に、震災翌年の平成24年に開始。大学病院のレストランで寄付を募り、最大10万円を各自に支給し若者たちの夢を後押ししてきた。1千キロの距離を超えた支援が有終の美を飾った。(石川有紀)

 「大学で学ぶ夢を後押ししてもらった」

 高校3年のときに作文選考を経て奨学金を贈られた高木桜子さん(23)は今年、都内の大学を卒業する。当時を振り返り、ほっとした表情を浮かべた。津波で自宅と自営業の父親の事務所が全壊。家計を支える父の負担を思い、大学進学の費用をアルバイトで稼ごうと決めてすぐの受賞だった。大学で観光や地域振興を学んだ高木さんは今春、被災地などで教育支援を行うNPO法人に就職する。大槌町の高校で講義を受け持つ予定という。

 10年前の震災直後、大阪市立大病院の医療チームは、津波で住民の約1割が犠牲になった大槌町の避難所に支援に入った。余震が続く小学校の避難所には、糖尿病や高血圧、ぜんそくなどの疾患を抱えた多くの人が避難していた。カルテが津波で流され、患者も常用薬を覚えていない。不安からか薬の服用を拒む高齢者もいた。

 「カルテやデータではなく、まず患者に向き合い信頼を得る。医療の原点を改めて感じた」。現場で診察した大阪市立大病院の日野雅之副院長(61)が記憶をたどる。

 チームが被災者と顔なじみになった4月11日、医療支援は打ち切りとなった。「大阪弁やジョークに元気をもらった」「また戻ってきてほしい」。被災者から別れを惜しまれたという。

 医療支援は自衛隊に引き継がれ、被災した地元の病院も再開に向かっていた。しかし大阪市立大病院の医師らは、町から去ることに胸を痛めていた。

 「縁があった大槌町に顔の見える支援を続けよう」

 現地から報告を受けていた大阪市立大の荒川哲男学長(70)は23年3月下旬、有志のボランティア団体「なにわすまいるず」を立ち上げた。医療支援終了後も被災地を支えたいという、スタッフの思いを受けたものだ。

 団体は大槌町の将来を担う中高生のための奨学金を創設。職員や学生が利用する大学病院のレストランで復興支援メニューを開発し、1食あたり200円の寄付を集めるなどした。

 24年以降、作文による選考を通過した数人に、返済不要の7万~10万円の奨学金を贈呈。最終回となった今年度の5人を含む計28人を支援してきた。

 なにわすまいるずの活動を取りまとめてきた小児科医の山口悦子医師(55)は、「子供には目の前の困難を受け入れて先へと進む力がある」と実感。一定の役割を果たした奨学金の贈呈は今回が最後となったが、「災害は各地で起きる。お互いさまの心で支援のリレーをつなぎたい」と話した。

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