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【芸能考察】今の米国歌も人種差別的 代わりに選ばれた“あの名曲”とは…

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今の米国歌の代わり得る名曲と言われる「リーン・オン・ミー」を収録したビル・ウィザースの2作目のアルバム「スティル・ビル」
今の米国歌の代わり得る名曲と言われる「リーン・オン・ミー」を収録したビル・ウィザースの2作目のアルバム「スティル・ビル」

 米では、中西部ミネソタ州のミネアポリス市でアフリカ系米国人の黒人、ジョージ・フロイドさんが白人警官に首を膝で抑え続けられ、死亡した5月25日以降、全米規模で人種差別への抗議デモが拡大。

 南北戦争が舞台の米ハリウッド映画の古典「風と共に去りぬ」(1939年)の有料動画配信が一時停止されたり(6月9日付米CNNニュース電子版など)、とある大手レコード会社が黒人音楽を軽視しているとの批判があった「アーバン」というジャンル名の使用を禁止(6月8日付英BBCニュース電子版など)。

 さらには、パンケーキにかけるシロップの老舗ブランド「アーント・ジェミマ(ジェミマ伯母さん)」が、奴隷制度時代の黒人メイド(女性の使用人)がトレードマークとあって、ブランドそのものが消え去る羽目に(6月17日付米紙USAトゥディ電子版など)。

 そんななか、米では、スポーツの大会などで必ず耳にするあの国歌「星条旗(The Star-Spangled Banner)」までが“人種差別的”だと非難され、代わりにどんな楽曲がふさわしいかといった話題で盛り上がっているのだった…。

 7月14日付の米紙ロサンゼルス・タイムズ(電子版)は「『星条旗』をキャンセルする時がきた。代わりとなるべきものは」との興味深い長尺記事を掲載した。

 記事によると、1931年3月4日、当時のフーバー大統領が法案に署名し、正式に採用されて以降、この国歌は文字通り米国人の生活の一部に。第二次世界大戦が終わった1945年からは、当時の米プロフットボールNFLのコミッショナー、エルマー・レイデン氏の呼びかけで、スポーツ関連の催しでは必ずこの曲が披露されるようになった。

 ところが、サンフランシスコで7月19日、反人種差別を訴えるデモ隊がゴールデンゲート公園に設置してあったフランシス・スコット・キー氏の銅像にロープをかけて引き倒して以降、数日間にわたり、SNS(交流サイト)では、この国歌が“人種差別的”だと非難の声があがった。

 この国歌の歌詞を書いたのが当時、弁護士だったキー氏で、独立戦争の最中の1814年9月14日に書かれたその歌詞は、英海軍の軍艦の猛攻を阻止する死闘が展開されたメリーランド州ボルチモア港のマクヘンリー砦(とりで)に翻る星条旗の様子を描写したものだ。

 ところが「敗走の恐怖と死の闇の前では、どんな慰めも傭兵や奴隷たちの救いにはならない」との一節があるうえ、他にもこの歌詞全体から「エリート主義、性差別主義、人種差別主義」が感じられるとの批判が噴出。ここ数週間、ネット上で、“代わりの国歌は何がいいか”と盛り上がっているというわけだ。

 では、具体的にどんな楽曲の名前が挙がっているのか。作家兼評論家のケビン・パウエル氏は、元ビートルズのジョン・レノンの「イマジン」(1971年)を提案。「最も美しく、統一され、全ての人々と全てのバックグラウンドをひとつにした楽曲」と評価した。

 このほか、米で黒人国歌と言われる「リフト・エヴリ・ヴォイス・アンド・シング」(1905年)や、NFLの優勝決定戦「スーパーボウル」の国歌斉唱前に必ず歌われる愛国歌「アメリカ・ザ・ビューティフル」(1910年)や「ゴッド・ブレス・アメリカ」(1918年)、米フォーク歌手ウディ・ガスリーの「わが祖国」(1940年)などを挙げるが、結局、どれも適切ではないとばっさり。

 そして「今の米は、新型コロナウイルスの感染拡大や、人種差別と不正に関する論争、崩れゆく経済とふらつく民主主義といった複数の危機に瀕している」ため「われわれに国歌が必要だとすれば、それは米国と米国らしさに代わる別の種類の愛国心を示すものであるべきだ」として、歌いやすさも含め、まさに最適な楽曲として、今年3月に81歳で亡くなった米黒人シンガー・ソングライター、ビル・ウィザースの全米1位の大ヒット曲「リーン・オン・ミー(頼ってほしい)」(72年)を挙げた。

 その理由として同紙は「72年発表のこのソウルバラードには国歌を連想させる要素は何一つない。気取らず控えめな楽曲で、歌詞には、果物がたわわに実る平原や、白い泡に満ちた海といった牧歌的なイメージや、自由や神に対する熱心や祈りもない。深く米国を感じさせる楽曲であるが、明らかに、少なくとも米国に関することを歌った楽曲ではない」としながらも「それは長い間、国歌の一種だった」と断言。

 「過去半世紀の間、最も広く歌われた米の楽曲の1つで、教会の聖歌隊や学校の合唱団の歌声から映画の主題歌に至るまで、幅広く親しまれた」として「頼ってほしい/くじけそうな時は/僕が君の友になり、君を助けるよ/みんな頼る誰かを必要としてるんだ」と呼びかける歌詞こそ、今の米国人に不可欠な団結や相互扶助の精神であり、「華やかで上から目線の伝統的な国歌と違い、一般市民の日常生活レベルの視点をしっかりと保つ楽曲」と評価した。

 さらに「この楽曲はポピュラー音楽の傑作のひとつであり、具体的にはアフリカ系米国人のポップミュージックの最高の1曲-つまり、この国におけるまさに最高のものであることを示している。そして、黒人音楽は、米にとって最高のものであるだけでなく、米が世界の文化に与えた最高の贈り物である」などと手放しで賞賛した。

◇   ◇

 米国歌にふさわしいかどうかの議論は別にして、欧米でビル・ウィザースといえば、一般の音楽ファンは勿論、プロのミュージシャンといった玄人筋からも極めて評価の高いシンガー・ソングライターで知られる。デビューアルバム収録の「エイント・ノー・サンシャイン」(71年)や「ラヴリー・デイ」(77年)、「ジャスト・ザ・トゥー・オブ・アス」(80年)も超名曲。「リーン・オン・ミー」は2作目のアルバム「スティル・ビル」に収録されている。

 ちなみに72年10月6日のニューヨークのカーネギーホールでのステージを収めたライヴ盤「ライヴ・アット・カーネギー・ホール」(73年)は、黒人音楽史に名を刻む名ライヴ盤。その昔、英ロッカー、スティングにインタビューした際、彼が「最高の名盤!」と絶賛していたのを思い出した。(岡田敏一)

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